Romanian Soccer Today 2011.3
3月30日 ブカレスト

  恥のない指揮官、義務を忘れる協会

 てことでボスニア戦と全チームが勝点3を上乗せするルクセンブルグ戦が終わり、要するに2位を争うライバルのフランスとボスニアに負け、確実に勝点6を記録するべく弱中堅のアルバニアとベラルーシに分けて勝点2。現在2位に鎮座するその弱中堅国アルバニアとベラルーシに勝点3差をつけられて5位です。

 前回の予選での5位までは屈辱の5位とされましたが、今回の予選での5位ではもう慣れました。というか召集で偏りがあり、試合でも戦術が無い指揮官のもとでは至極当たり前の結果であります。逆にこの政権下で2位とかになっていたら奇跡であり、他のチームに申し訳ないです。現在の施策もない、将来へのプランもないチームがなんとなくや運がなかったという結果ではなく、妥当な5位です。

 毎試合ごとに内容について期待が皆無の政権でこのボスニア戦で大きく期待されていたのが、まっとうな解任ということです。開幕2試合での失望でも解任は行われませんでしたが、ボスニア戦までということで我慢された方も多いことでしょう。またとにかく解任こそが次のステップと信じて、その解任に近づくために大好きな代表を毎試合「負けろ〜、負けろ〜」とジレンマに陥るような日々を過ごされた方も多いでしょう。

 結果から言いますと、続投のようです。ここまで解任に向けた十分な結果として散々な成績を残し、ボスニア戦で完全アウトとなっても指揮官は辞任せず、協会は解任せずでした。それどころか厚顔無恥な指揮官は自ら導き出した史上最悪な結果のもとで「私が去る理由などない」と言ってのけている模様。

 アルバニア、ベラルーシから勝点4を失い、ボスニア戦でも勝点3を失い、早期予選敗退が見えてきて「去らなくてはいけない結果を残した覚えがない」そうです。

 『私はこのチームを2012年の本大会に導くために来た。順位表を見て、次にホームで行われるボスニアに勝てば可能性は広がる。その時から予選突破への道が再び始まる!だから、私が去る理由はない!試合中に"辞めろ!"コールは聞こえた。だが、それが私を傷付けることはない。その声が私をより強くする。』

 勝つために監督に就任して、この結果を出したことはまったく覚えがないそうです。まぁ悲惨な結果ながらも残り5試合で挽回できるのは数字上は可です。なんといってもまだ半分の5試合消化ですから、5試合は残っています。ですがまだ半分の5試合で早期敗退の可能性が高くなっているのはなぜでしょうか。数字上と言った時点でほぼ可能性はないのが実情です。またそのミラクルを起こすにはそこまでの過程で土台が作られているチームだけが主張できるものでしょう。ここまでなにか上向きにしたことはあったでしょうか?下向きに下降し続ける能力であり、それを実践している指揮官の姿は常に見ていますが。

 順位表のからくりでは、勝点3というのは1試合の勝敗でひっくり返る数字です。しかしこれが通用するのは3位に位置していて、単独2位のチームとの差が3という場面だけです。2位のライバルが他のチームに負けてもその恩恵にあずかることができます。しかし抜かなくてはいけないチームが3チームとなるとよほど順調にライバルAがBに負けて、BがCに負けて、CがAに負けるといった調整が必須です。一番良いのは勝ち抜く予想のボスニアが負けることより、3つ巴の中でドローで勝点を消費することです。

 ボスニアが負けて喜んでいる一方で、勝った対戦相手は3ポイントを得るという事実。へたしたらベラルーシ、アルバニアが2位で終了なんてことも。ここにおいては全チームがフランスに負けて、ルクセンブルグに勝つと計算した方がいいでしょう。よってルーマニア、ボスニア、アルバニア、ベラルーシ間での各3試合の結果がそのまま順位となります。ボスニアが1試合少ないのでプラス3で10Pとして、ルーマニアは3連勝してもベラルーシ、アルバニアが他で2連勝すれば同勝点、ボスニアにいたっては2P届きません。まぁ3チームが1勝1敗とか、全引き分け、ルクセンブルグに引き分けとかいくつも可能性はありますが、大事なのは前提としたルーマニアの少なくとも2勝ということ。しかもそのうち2勝は3つ巴で勝点を伸ばすであろうチームから。要は複雑希少な他力本願なのです。過去ではボスニア、アルバニア、ベラルーシなんて最低限3連勝してからの話ではありましたが、今ではもはや夢物語なのです。ルーマニアは2勝できるのでしょうか。

 おまけで過去の予選での経過と監督の状況を記しておきます。面倒ですので私の記憶のみで列挙してみたいと思います。たとえ負けた試合でもこういう過程があれば期待が持てるし、こういう経緯があればこそ「辞める理由がない」と言い張れるものだと思うのです。


2004年への準備と経過と結果
2002.02.13 フランス × 国際親善試合
2002.03.27 ウクライナ 国際親善試合
2002.04.17 ポーランド 国際親善試合
2002.08.21 ギリシャ × 国際親善試合
2002.09.07 ボスニア・H 第12回 欧州選手権・予選リーグ第1試合
2002.10.12 ノルウェー × 第12回 欧州選手権・予選リーグ第2試合
2002.10.15 ルクセンブルク 第12回 欧州選手権・予選リーグ第3試合
2002.11.20 クロアチア × 国際親善試合
2003.02.13 スロバキア 国際親善試合
2003.03.29 デンマーク × 第12回 欧州選手権・予選リーグ第4試合
2003.04.30 リトアニア 国際親善試合
2003.06.07 ボスニア・H 第12回 欧州選手権・予選リーグ第5試合
2003.06.11 ノルウェー 第12回 欧州選手権・予選リーグ第6試合
2003.08.20 ウクライナ 国際親善試合
2003.09.06 ルクセンブルク 第12回 欧州選手権・予選リーグ第7試合
2003.09.10 デンマーク 第12回 欧州選手権・予選リーグ第8試合

 予選は順当に勝ちぬけたものの、まさかのプレーオフ敗退で終了した2002年から新生ヨルダネスク政権となり、ムトゥ、キヴ中心のチーム作りへと移行。予選では少ないグループに入ったため8試合での短期決戦となり、デンマーク、ノルウェー、ルーマニアが実力伯仲の2位枠争いに。直接対決以上にボスニアに取りこぼしたところが脱落という図式になったが、ルーマニアは前半の直接対決で2敗となり、この時点で1試合多いながら2位との差が1P(実質4P差)。折り返し地点で監督解任論が白熱し、一度はヨルダネスクも辞任。その後撤回となるも大一番ノルウェー戦での誤審により数字上の可能性のみが残る。しかしボスニアの2度による上位落しで最終戦前に自力突破が復活及び2位。再度誤審により結局は1位に1P、2位とは同率ながら敗退。格下に取りこぼし無く、特に上位すら食われたボスニアに2勝しているとこはさすが。2度の誤審に運がなかったとしか言いようがない。当時こそはヨルダネスクを叩いたものの、悪くは無かったレベル。後半戦の戦い方もふがいないレベルでは無し。難癖つけるなら召集での意思判断がぐらつきすぎで、ギオアネの反旗を生んだことと、ポペスクとフィリペスクを使い続けたことか

チーム作りの構想 ☆☆☆
召集構想 ☆☆☆
親善試合 ☆☆☆
格下との取りこぼし ☆☆☆☆☆
後半戦に繋がる前半戦 ☆☆☆
後半の巻き返し ☆☆☆


2006年への準備と経過と結果
2004.02.18 グルジア 国際親善試合
2004.03.31 スコットランド 国際親善試合
2004.04.28 ドイツ 国際親善試合
2004.05.27 アイルランド × 国際親善試合
2004.08.18 フィンランド 第18回 ワールドカップ・欧州予選第1試合
2004.09.04 マケドニア 第18回 ワールドカップ・欧州予選第2試合
2004.09.08 アンドラ 第18回 ワールドカップ・欧州予選第3試合
2004.10.09 チェコ × 第18回 ワールドカップ・欧州予選第4試合
2004.11.17 アルメニア 第18回 ワールドカップ・欧州予選第5試合
2005.02.09 スロヴァキア 国際親善試合
2005.03.26 オランダ × 第18回 ワールドカップ・欧州予選第6試合
2005.03.30 マケドニア 第18回 ワールドカップ・欧州予選第7試合
2005.06.05 オランダ × 第18回 ワールドカップ・欧州予選第8試合
2005.06.08 アルメニア 第18回 ワールドカップ・欧州予選第9試合
2005.08.17 アンドラ 第18回 ワールドカップ・欧州予選第10試合
2005.09.03 チェコ 第18回 ワールドカップ・欧州予選第11試合
2005.10.09 フィンランド 第18回 ワールドカップ・欧州予選第12試合

 出だしの親善試合でドイツ戦含む3連勝も代表を取り巻くぬるま湯イメージを作り出すことになった掌握力の低下が問題視され、常に解任が潜在的に噂されている中で、予選の合言葉であったチェコ戦までに9ポイントを完遂。ただしムトゥの独力とも揶揄され、またムトゥを制御できなかった事実もあり後のドーピング事件へと繋がる。この点でミテアの造反を生む。チェコ戦での敗戦が一気に解任へと表面化し、アルメニア戦でスタメン全員が出場不可という大惨事になり痛恨のドロー。数字上の可能性が消えて当然のように責任を取って辞任。ここからはピツルカが次の予選へのチーム作りを宣言して、厳格で一貫した精神を叩き込む。過渡期にあって実力差歴然のオランダ2連敗は将来への布石で痛手にはならず。それでも総国民が今回の予選を捨てて次回に期待した代表はピツルカイズムが浸透してチェコへのリベンジ含む快進撃で、結果的に取りこぼしゼロのチェコとの差はアルメニア戦のたった2ポイントだった。一度は諦めた中での好成績で突破も見えたことで欲も出たが、それ以上に次回が楽しみなチームになっていた。

チーム作りの構想 ☆☆☆☆
召集構想 ☆☆☆
親善試合 ☆☆☆☆
格下との取りこぼし ☆☆☆☆
後半戦に繋がる前半戦 ☆☆☆☆
後半の巻き返し ☆☆☆☆


2008年への準備と経過と結果
2006.03.01 スロヴェニア 国際親善試合
2006.05.23 ウルグアイ × 国際親善試合
2006.05.27 北アイルランド 国際親善試合
2006.05.28 コロンビア 国際親善試合
2006.08.16 キプロス 国際親善試合
2006.09.02 ブルガリア 第13回 欧州選手権・予選リーグ第1試合
2006.09.06 アルバニア 第13回 欧州選手権・予選リーグ第2試合
2006.10.07 ベラルーシ 第13回 欧州選手権・予選リーグ第3試合
2006.11.15 スペイン 国際親善試合
2007.02.07 モルドバ 国際親善試合
2007.03.24 オランダ 第13回 欧州選手権・予選リーグ第4試合
2007.03.27 ルクセンブルク 第13回 欧州選手権・予選リーグ第5試合
2007.06.02 スロヴェニア 第13回 欧州選手権・予選リーグ第6試合
2007.06.06 スロヴェニア 第13回 欧州選手権・予選リーグ第7試合
2007.08.22 トルコ 国際親善試合
2007.09.08 ベラルーシ 第13回 欧州選手権・予選リーグ第8試合
2007.09.12 ドイツ × 国際親善試合
2007.10.13 オランダ 第13回 欧州選手権・予選リーグ第9試合
2007.10.17 ルクセンブルク 第13回 欧州選手権・予選リーグ第10試合
2007.11.17 ブルガリア × 第13回 欧州選手権・予選リーグ第11試合
2007.11.21 アルバニア 第13回 欧州選手権・予選リーグ第12試合

 前回に引き続き成長を加速させるチームにあって常につきまとった唯一の問題は召集について。当時は私も叩いたが、好調な選手の新規参入を許さずあくまで構想している2008年という最終目標に向かって、個々ではなく、1つの軍団として一貫とした理念は結果論ではプラスだったろう。とにかくこの点については勝利という結果を残すことで黙らせてきた。取りこぼしを許さなかったことは言わずもがな、首位オランダとの戦いぶりが圧巻だった。勝利したホームでのオランダ戦よりも、アウェーでの1戦で後々のための死に物狂いの引き分けは今でも「最も美しい引き分け」として心に残っている。あれがいかに厳しい予選を戦い抜くためにすべきことかを教えてくれた。またそれを選手に植え付けたのは立派。熟成を取らずそのつど選手を入れ替えていたらあの全員の意思統一は無理だったのではないかと思わせてしまう。このくらいやらないと低迷を復活に軌道修正するのはだめだったろう。14試合無敗とか5連勝とかやっていたこの頃は今に比べると相当ハイレベル。

チーム作りの構想 ☆☆☆☆☆
召集構想 ☆☆☆
親善試合 ☆☆☆☆
格下との取りこぼし ☆☆☆☆☆
後半戦に繋がる前半戦 ☆☆☆☆☆
後半の巻き返し ☆☆☆☆


2010年への準備と経過と結果
2008.08.20 ラトビア 国際親善試合
2008.09.06 リトアニア × 第19回 ワールドカップ・欧州予選第1試合
2008.09.10 フェロー諸島 第19回 ワールドカップ・欧州予選第2試合
2008.10.11 フランス 第19回 ワールドカップ・欧州予選第3試合
2008.11.19 グルジア 国際親善試合
2009.02.11 クロアチア × 国際親善試合
2009.03.28 セルビア × 第19回 ワールドカップ・欧州予選第4試合
2009.04.01 オーストリア × 第19回 ワールドカップ・欧州予選第5試合
2009.06.06 リトアニア 第19回 ワールドカップ・欧州予選第6試合
2009.08.12 ハンガリー 国際親善試合
2009.09.05 フランス 第19回 ワールドカップ・欧州予選第7試合
2009.09.09 オーストリア 第19回 ワールドカップ・欧州予選第8試合
2009.10.10 セルビア × 第19回 ワールドカップ・欧州予選第9試合
2009.10.15 フェロー諸島 第19回 ワールドカップ・欧州予選第10試合

 2008年を最終地点として3年半ものチーム作りしてきた集合体にさらなる2年間は難しかったか、ピツルカが修正地点を見つけられないと同様に本大会を終えた選手にも燃え尽き症候群があからさまに見えた。勝利で黙らせてきたことの防波堤が崩れて、もう歯止めがかからなかった。去り際は美しくなかったが、最悪途中解任できたのは救いだった(次に控えているのが無能の悪魔とも知らずに)。途中からのラズヴァンは高評価による就任だったが、詐欺のようなロートルの採用は至極残念なもの。特に結果を求めていない状況だっただけに結果については要求しなかったのに、このスタンスが一気にこの若き指揮官に懐疑の目が向けられるようになったのは自業自得。結局リトアニアに勝ったぐらいが功績で、順位うんぬんよりオーストリアに勝っていればそこまでは批判されなかったようにも思う。ポッド獲得といういいわけも存在していたから。

チーム作りの構想
召集構想 ☆☆
親善試合 ☆☆☆
格下との取りこぼし ☆☆
後半戦に繋がる前半戦 ☆☆
後半の巻き返し ☆☆


2012年への準備と経過と結果
2009.11.14 ポーランド 国際親善試合
2010.03.03 イスラエル × 国際親善試合
2010.05.29 ウクライナ × 国際親善試合
2010.06.02 マケドニア × 国際親善試合
2010.06.05 ホンジュラス 国際親善試合
2010.08.11 トルコ × 国際親善試合
2010.09.03 アルバニア 第14回 欧州選手権・予選リーグ第1試合
2010.09.07 ベラルーシ 第14回 欧州選手権・予選リーグ第2試合
2010.10.09 フランス × 第14回 欧州選手権・予選リーグ第3試合
2010.11.17 イタリア 国際親善試合
2011.02.08 ウクライナ 国際親善試合
2011.02.09 キプロス 国際親善試合
2011.03.26 ボスニア × 第14回 欧州選手権・予選リーグ第4試合

 2008年に向けて2006年予選の途中からチーム作りに着手して成功したピツルカとは異なり、前回後半戦を無駄に世代交代も無視したツケが開始から露呈。またその批判にも聞く耳を持たずに、問題点も理解していない。「勝利で黙らせる」という鉄板材料もないのに、繰り返し結果の出ない自論に固執するだけの「口だけ番長」。上記のような成績でも若手や文句の無い人選だけを召集することだけに終始していればここまでは批判されなかっただろう。ボスニアに負けたことは直前3戦の親善試合の内容で分かりきってたことだし、その直前3戦の体たらくも予選3戦の取りこぼし内容を見れば想像できるもの。ではその取りこぼしは?もちろん6戦した親善試合の内容で期待はできなかった範疇。そりゃ前回の予選後半をあんなに無駄にしていたらスタートダッシュのこの親善試合すらこんな感じにはなるだろうな、というように成長の皆無で常に期待できないダラダラの政権であります。もう恥を捨てて契約をまっとうする子供の指揮官より、この状況にもかかわらず解任という判断を下せない協会が一番の責任でしょう。ドメネクには何を言っても無駄であるとするしかない。

チーム作りの構想
召集構想 ☆☆
親善試合
格下との取りこぼし
後半戦に繋がる前半戦
後半の巻き返し



3月29日 ピアトラ・ネアムツ

  2012欧州選手権 予選グループD 第5戦(ホーム)

ルクセンブルグ戦

  
試合は見ていません。この試合からは何も得ることはないと思ったから。勝点3それだけ。

チェアラウル・シュタディオン

ルーマニア 3 11 1 ルクセンブルグ
20

アドリアン・ムトゥ
アドリアン・ムトゥ
ヤニス・ズィク
22
24
68
78
ラルス・ジェルソン
チプリアン・タタルシャヌ
クリスティアン・サプナル

ガブリエル・タマシュ
(65分 ドリン・ゴイアン)
フローリン・ガルドシュ

ラズヴァン・ラツ
ガブリエル・ムレシャン

アドリアン・ロポタン
ヤニス・ズィク
ボグダン・スタンク
(46分 ガブリエル・トルジェ)
アドリアン・ムトゥ
(84分 マリウス・アレクセ)

チプリアン・マリカ
GKGK
DF
DF
DFDF
DFDF
MFMF
MFMF
MFMF
MFMF
MFMF
FWFW
FWFW
FWFW
FWFW
FWFW
ジョナタン・ジュベール
トム・シュネル
(90分 マッシモ・マルティノ)
ギー・ブレーズ
エリック・ホフマン
マリオ・ムッシュ
ベン・パヤル
ラルス・ジェルソン
(58分 ダニエル・ダ・モッタ)
レネ・ペータース
ジレス・ベットマー
(81分 トム・ラテルザ)
アウレリアン・ジョアキム
シャルル・レヴェック
ラズヴァン・ルチェスク 監督 ルク・ホルツ
4-2-3-1フォーメーション 4-4-2フォーメーション
警告

ガブリエル・タマシュ(1枚目)

アドリアン・ロポタン(1枚目)
18
36
82
87
ギー・ブレーズ

マリオ・ムッシュ
ベンチ
コステル・パンティリモン
ダン・アレクサ
アドリアン・サラジェアヌ
チプリアン・デアク
/・ マルク・オベルヴァイス
ダン・コレット
ジャック・プレン
アンテ・ブクヴィッチ

プレイバック・オブ・ザ・ゲーム

 いまだに数字上は、数字上はと繰り返し子供のような理想論を展開している首脳陣を尻目に、ボスニア戦敗戦により、またここまでの経緯により、実質予選敗退が決定したルーマニアにおいて屈辱のルクセンブルグとの最下位決定戦を迎えたわけですが、この1試合においてはもはや監督もいらぬ状況で、アマチュア軍団の相手には戦術無しでも個人の力量で勝てなくてはいけない相手。よって監督論は展開しません。

 そんな中でこの政権下においてタクティクスを忘れて久しいルーマニアは本来持ち合わせているはずの創造性ではなく、ロングボールに頼る攻撃にそのレベルがはっきりと現れていた。順位のためではなく、プライドや先人が積み上げてきた伝統のためにも負けることなんて想像させてももらえないルーマニアだったが、22分に均衡を破ったのはアウェーのルクセンブルク。左サイドからレネ・ペータースがFKを入れると、アウレリアン・ジョアキムを経由したボールをジェルソンがエリア内でDFに背を向けたままトラップすると難なく振り向きざまのシュートを押し込んだ。

 この時点でルーマニアは最下位に転落。対ルクセンブルグ戦で史上初の失点を献上し、また、ルクセンブルグにとってはこの1点が今予選初得点。いつも代表戦では温かいサポートをする超満員で埋まったピアトラ-ネアムツの観客もさすがに堪忍袋の緒が切れ、「ラズヴァン辞めろ!」コールを大合唱。

 しかし、ルクセンブルクのリードは長続きしなかった。その2分後、ムレシャンが自陣深いところから前線へ中盤省略のロングフィード。これをムトゥが胸トラップからシュートを叩き込んで同点ゴールを決める。その後、自陣に引いてカウンターを狙うルクセンブルクに対し、ズィクが孤軍奮闘で際どいパスを送り続けるも、ことごとくオフサイドに引っ掛かり、B・スタンクも突破口を見出せず、1-1で前半は終了。

 後半にはスタンクに替えてトルジェを投入。まずはムトゥが後半13分に見事なボレーシュートでGKジョナタン・ジュベールを強襲。これは惜しくもゴール横に流れたが、果敢にサイドから攻撃を仕掛け続けたトルジェの苦労が実ったのは後半23分。右サイドでフリーとなり、悠々とセンタリング、これをムトゥが頭で合わせて逆転。2008年欧州選手権のイタリア戦以来となる得点を記録したムトゥが、代表通算69試合目で31点目となるゴールを決めて、この重苦しい雰囲気を再び振り払った。

 ルーマニアはさらにその10分後、今度はクリアミスに反応したズィクが至近距離からネットを揺らし、ルクセンブルクにとどめを刺した。この結果、ルーマニアの順位は5位で変わらなかったものの、首位フランスに勝ち点7差、2位ベラルーシに同3差と詰め寄っている。


ムトゥの復活弾

その他の結果


現在のグループGの戦績
TEAM 得失 勝点 前節
フランス 5 4 0 1 8:1 12 1
ベラルーシ 5 2 2 1 3:1 8 2
アルバニア 5 2 2 1 4:4 8 3
ボスニア・H 4 2 1 1 6:4 7 4
ルーマニア 5 1 2 2 5:6 5 5
ルクセンブルグ 6 0 1 5 1:11 1 6


 おまけのニュースとして、FIFAとUEFAによるボスニア-ヘルツェコヴィナの国際大会からの締め出しが検討されているようです。ボスニアのサッカー協会の体制について以前から改善要求されていたことに対して、まっこう拒否の姿勢に打って出たことが原因のようです。

 締め出しが決行された場合、ルーマニアは先のボスニア戦での敗戦が3-0の不戦勝扱いとなり、勝ち点3が加算されるという状況になります。となると勝点が8になり、一気に2位争いに食い込んでくることになります。

 ただしこの恩恵でもこのラズヴァン体制では残り5試合を争えないでしょうね。あくまで他力による上昇より、チームそのものの基盤の上昇を望みます。それができれば3位でも4位でもかまいません。なにも変わらない状況なのにこの裁定でラズヴァンや協会上層部が喜んでいたら恥の上塗りというか最低の部類でしょうね。特に嬉しいニュースでもないです。今後のリアクションによってどれだけラズヴァン+協会が最悪なのかを図る材料にはなりそうです。ボスニアの選手たちは良い試合をしているので、その選手たちが被害をこうむるのは避けて欲しいですね。


3月29日 ルーマニア

  底辺たるゆえんのラズヴァンという男

 いままでここまでの凋落の原因や結果を時系列でデータ化してきましたが、常に同じ事を書いておりそれでも指揮官には届かないような繰り返しで飽きてきました。でもわかりやすいデータの途中経過として博多のコンツァ氏がまとめてますので、このサイトに残すべき貴重なものとしてほぼ丸パクリで記しておきます。

 ここまで結果以上にそのスタンスが異常視されているラズヴァンですが、公式戦・親善試合を含めて、ここ8試合連続で勝ち星がありません。ルーマニア最大手スポーツ紙"ガゼタ"は過去の代表の様々な成績を紐解き、こう見出しを打ちました。

 「ラズヴァン政権はルーマニア史上最悪の暗黒期」

 まず、W杯、ユーロも含めた予選において、「序盤の4試合で勝利がない」というのは、ルーマニア代表の歴史において史上初とのことです。

 ちなみに、その4試合の対戦相手はアルバニア、ベラルーシ、フランス、ボスニア。フランス以外は、6,7年前の代表だったら軽く蹴散らしていた相手だけに、弱体化が良く分かります。

 他では、この1年半もの間、公式戦で勝利がありません。また、今回の予選4試合で2ゴールが最高。これも史上初。

 続いては、上記で書いた8試合連続勝ち星なしの偉業。内訳はこうです。

  1. 親善試合、 対トルコ 0-2
  2. ユーロ予選、対アルバニア 1-1
  3. ユーロ予選、対ベラルーシ 0-0
  4. ユーロ予選、対フランス 0-2
  5. 親善試合、 対イタリア 1-1
  6. 親善試合、 対ウクライナ 2-2
  7. 親善試合、 対キプロス 1-1
  8. ユーロ予選、対ボスニア 1-2

 ちなみに、最後の勝利はホンジュラス戦(3-0)です。オーストリア遠征での親善試合3試合をウクライナ、マケドニアと連敗した最後での勝利です。常にアメリカとメキシコ以外にどんな国が出ても出場レベルに相当せずに、W杯の地区予選枠の割り当て3枠は妥当ではないと問題視されているその3番目の枠を射止めたホンジュラスの本選直前のテストに勝った試合です。

 ちなみに、連続勝利なしの過去最高は11試合。1970年のことで、この期間では監督が3人も替わったそうです。現在、ラピドのスタジアムに名を残すヴァレンティン・スタネスク、コルネル・ドラグシン、シュテファン・コヴァチ。

 そう考えると、この時の協会は現体制よりも格段にスマートということも伺えます。勝ってない監督を替えるという至極当然のことをきちんとやってますので。

 そして、2番目に長いのは9試合連続。しかし、これは1920年代と1930年代の記録です。今とは国土の広さが違う時代の話であり、本当に遠い昔。永遠に葬り去られてもおかしくない記録に、偉大なるラズヴァンが迫ったことでこの記録が甦ったのです!現在のラズヴァンの記録は史上3位です。ですが、上のように11試合連続勝利なしは3人もの監督で築いた数字。ガゼタは、「たった1人で8試合連続勝利なしを成し遂げたのはラズヴァン唯一人!」と称えています。要は監督を交代することの意義をわかっていない協会の問題の方が大きいとも言えます。

 ラズヴァン政権となって、先のボスニア戦で19試合となりました。これは、何気に10位タイの数字です。横に並ぶのは、現在、P・プロィエシュティのスタジアムにその名を残すイリエ・オアナ。その19試合での勝利数は5。勝率は26.31%!何と、4試合に1勝ペースです!ちなみに、公式戦での勝利はリトアニアとフェロー諸島のみです!もちろん、勝率は史上最低であることはいわずもがな。

3月26日 ゼニカ

  2012欧州選手権 予選グループD 第4戦(アウェイ)

ボスニア・ヘルツェゴビナ戦

  
負けたら解任とされている試合。逆に聞きたい、解任しないメリットとは?

ビリノ・ポリェ・スタジアム

ボスニア・H 2 01 1 ルーマニア
20

ヴェダド・イビシェヴィッチ
エディン・ジェコ
29
63
83
チプリアン・マリカ
ケナン・ハサギッチ
メンスル・ムイジャ
アドナン・ムラバク
エミール・スパヒッチ
セナド・ルリッチ
ミラレム・ピャニッチ
ハリス・メジュニャニン
(70分 ダルコ・マレティッチ)
エルヴィル・ラヒミッチ
ズヴェズダン・ミシモヴィッチ
(81分 セニヤド・イブリチッチ)
ヴェダド・イビシェヴィッチ
(76分 ズラタン・ムスリモヴィッチ)
エディン・ジェコ
GKGK
DFDF
DFDF
DFDF
MFMF
MFMF
MFMF
MFMF
MFMF
FWFW
FWFW
FWFW
FWFW
FWFW
コステル・パンティリモン
コルネル・ルパ

ガブリエル・タマシュ
ドリン・ゴイアン

ラズヴァン・ラツ
ダン・アレクサ
ジョルジェ・フローレスク
(76分 アドリアン・ロポタン)
ガブリエル・トルジェ
(71分 ラズヴァン・コチシュ)
チプリアン・デアク
(87分 ヤニス・ズィク)

チプリアン・マリカ
アドリアン・ムトゥ
サフェト・スシッチ 監督 ラズヴァン・ルチェスク
4-4-2フォーメーション 4-4-2フォーメーション
警告
ヴェダド・イビシェヴィッチ
エルヴィル・ラヒミッチ
54
78
ベンチ
イブラヒム・シェヒッチ
ボリス・パンジャ
セミール・シュティリッチ
ムハメド・スバシッチ
/・ チプリアン・タタルシャヌ
フローリン・ガルドシュ
ガブリエル・ムレシャン
ボグダン・スタンク

プレイバック・オブ・ザ・ゲーム

 かつての予選では序盤の格下との対戦で順当に勝点を収めて、いざ上位への順位固めとしての重要な大一番となる試合ですが、ここまでフランス戦の敗北こそ規定路線としてもベラルーシ、アルバニアですでに勝点4を取りこぼして早期予選終了の崖っぷちの一戦。またたとえこの1戦で勝利しても指揮を執っている監督のポテンシャルのせいか残りの試合で一気に上位復活とは決して思えない試合に見ている方は何を期待すれば良いかわからない5戦目となった。

 キヴはまたしてもケガで離脱し、復帰したムトゥも高熱の影響でコンディションは良くない。ついでにサプナルやラドゥの欠場も加えて、いつものように選手や運の無さだけを言い訳にするラズヴァンにとってはありがたい敗退コメントの一字一句が浮かんでくる試合が開始となった。たとえコマ的に弱いとされる守備的MFながらもその中で勝つ可能性を高めるためには識者の多くがスタメン重視するムレシャンやガルドシュをベンチに押しやり、識者の多くがベンチどころか代表に呼ぶべき能力ではないと声高だかに主張するフローレスクをまたもやスタメンに置いておきながらの別の言い訳を用意しながら。

 開始直後からの中盤の奪い合いから中央がポッカリ空くルーマニアに対して、現在のボスニアの代名詞である、ブンデスリーガで鳴らしたコンビのジェコとイビシェビッチが襲い掛かる。特に左サイドのジェコは脅威で、ルパに対峙した場面ではかつてルーマニアが恩恵を授かったムトゥの全盛期の「得点パターンへの匂い」がひしひしと感じられた。

 5分になってもボスニアのラッシュの連続でルーマニアDFは引いて対処するしかない。そのせいでいざ攻撃に転じても、薄いカウンターからのマリカの1人突破に賭ける形。もちろんサポートのなしではDFを振り切れない。結果としてボスニアの時間帯が続いてゆく。

 10分になるとボスニアはしつこくサイドに開いて展開を始める。囲まれる前のパス出しがとにかく早く、非常に効率的。ルーマニアのそれがモタモタして囲まれるのと対照的で、まだ両チームとも気合のから回りが見える中で着実に試合を作り出す差が開いてゆく。16分には懸念のFKを迎えて、ミシモビッチのシュートは枠を外れるも、怖い時間帯であるのはもはや周知。

 19分にはようやく攻撃に置いてもチャンスを作り始め、好調トルジェのドリブルが唯一可能性を感じさせる。中央での切り込みで得たFKは勘の鈍っているムトゥのミスにより大きく逸れたが、この日のデアク、ムトゥ共に期待されたほどの動きを見せてない分、この若き右サイドにかかる期待は大きくなっていく。

 22分にはエリア外でフローレスクがボスニアの早いパス回しで崩されるとスポットに空いた中で厳しいコースにシュートを打たれる。パンティリモンが長いリーチで外に弾いて失点こそ免れたが、試合序盤からのこの中央のウィークポイントの改善が見られないのが安心感ゼロを強調させる。

 しかし転じて28分のルーマニアのパスワークからラツのアーリークロスを拾ったマリカがDFの前でボールをトラップのまま、ビューティフルな倒れこみシュートで先制。デアクと共にクラブでの出場機会がないまま代表でそれなりのプレーを見せる彼にとっても、不調の代表にとっても起爆剤となりうるベストゴールだった。

 前半終盤になると脆かったDFライン前のMFのケアでやすやすとチャンスを与える場面はなくなっていた。しかしたびたび訪れるセットプレーの恐怖は変わらず、パワープレーでやられる傾向のルーマニアには1点のリードはあってないようなもの。44分の立て続けのCKはエリア内の必死のブロックで守り、流れからの崩しではボスニアにも焦りが見えていたようにスムーズさに欠けていた。前半終了。

 後半もスピードを速めてラッシュを続けるボスニアにルーマニアはピンチの連続を迎えるが、デアクの下がっての献身的な守備や最終的にゴイアンのハンドが見逃されるなどで一連のピンチは免れる。ただしこの時点でのスタッツが65:35を示すように一方的。指揮官が取るべき判断は追加点なら好調トルジェを生かすため不調のデアク、ムトゥに代わってズィクの登用。守備的なら左両者のどちらか交代でムレシャン、ロポタン、ガルドシュ及びバランスのコチシュだろう。

 しかしそんな中63分にやはりの右FKからイビシェビッチにフリーでヘッドを決められ同点。そしてそれでも勝たなくてはいけない大一番とか称しているルーマニア以上に、勝って予選上位に食い込む意思を見せたボスニアが追撃の手を緩めない。カウンターに終始してきたルーマニアは不調のデアク、ムトゥと左に2人も抱えることもあって組み立てに苦慮する。だが動かない指揮官。同点にされてしかも勢いは完全にボスニアになっているこの時点でも動かないアマチュアの指揮官。試合は荒れながらボスニアの追加点待ちとなった。

 ここでルーマニアが採るべき方策はもはや一つだけ。リード時には逃げ切りの守備ポジション増加すらあったが、予選全体を見ても引き分けで上等ではないのは誰もが知るところ。分けて2〜4位との差が5ポイント、勝って3ポイント差で後半戦を争える体裁を作れるかはいたく当然の事象。よって好調のトルジェ以外の攻撃陣の刷新、特にデアク、ムトゥをズィク、スタンクの流れに代えるのがいつかが問題となってくる。

 しかし同点のこの時点で動いた指揮官の交代策は唯一攻撃に光明を見せていた、言い換えれば現メンバーで点を取れる可能性を唯一持ったトルジェを下げること。つまりは得点の可能性を放棄すること、ましてやズィクでもスタンクでもなく引き分け狙いとも取れるコチシュ投入で、勝つしかない大一番を5位当確とさせる引き分けで済ます行為。わざとルーマニアを失墜させることを喜んで、しかも率先してやっているとしか見えない行為をまたもや繰り返した。

 この後、攻撃の可能性のないルーマニアは(正確には攻撃の可能性を自らの監督によってもがれ、少なからず可能性を保持しているズィクやスタンクをベンチに縛り付けられているルーマニアは)83分にCKからのヘッドで逆転を許す。この後におよんで終了3分前にズィクが投入されたがその意図は誰も知りえないだろう。負けるようにしくんで、そのとおりの結果におめでとうとしか言えない。そしてその監督を庇護し続けて利権をむさぼっている協会幹部にもおめでとうと言っておいたほうがいいだろうか。

 ちなみに度重なりセットプレーで失点し続ける選手たちもふがいないが、とるべき方策の無い、選手たちに統一感を植え付けることのできない監督のもとでは勝負の厳しさは生まれないだろう。試合前に国民投票でスタメンを選び、リアルタイムで交代選手を多数決で決した方がまだまともな結果が出るだろうことは否定できない。トルジェ交代も選択しないし、ズィクも早期投入されただろう。試合後に結果論で言っているのではない。毎回試合途中に思ったことの真逆の、しかも負けるための施策がなされていく現状にあきれ返っているだけである。

先制点、の後にセットプレーで2失点

その他の結果
 ルクセンブルグ 0-2  フランス
 アルバニア 1-0  ベラルーシ


現在のグループGの戦績
TEAM 得失 勝点 前節
フランス 5 4 0 1 8:1 12 1
ベラルーシ 5 2 2 1 3:1 8 2
アルバニア 5 2 2 1 4:4 8 3
ボスニア・H 4 2 1 1 6:4 7 4
ルーマニア 4 0 2 2 2:5 2 5
ルクセンブルグ 5 0 1 4 0:8 1 6


 あの時点で代えるべき候補は誰が見てもデアク、ムトゥ、あるいはマリカなはず。試合途中あの時点に100人にアンケートとってもこの3人で分散されると思うし、トルジェに1票入れるバカ者は100%一人もいないだろう状況だった。そこで「トルジェに1票入れるバカがいるらしいぞ〜」と興味心身で聞いてみたら、代表を率いている指揮官でした。勝たなくてはいけない大一番を率いているはずの。そんなここ2年間のルーマニアの結果は好調でしょうか?不調でしょうか?正解は上の順位表が示しています。

3月25日 ボスニア

  大一番にベストメンバーを組めないルーマニア

 ラズヴァン体制になってからはどれが大一番なのかわからなくなるぐらいの狼少年状態ですが、出場枠を狙うとした意味での想定2位のボスニアとの対戦をその位置づけにするならば、またしてもメンバー構成にピンチが訪れています。

 右サイドで仮病疑惑の一角であるサプナルがメンバー帯同もボスニア戦はコンディション不良で出場できない見込み。ラドゥも今回疑惑を払拭するかのようにフォローでキャンプに顔を出していますが、サプナルもまた帯同するもこのような結果であり、結局のところ厳しい見方かもしれませんが「事実」としてはクラブでコンスタントにフル出場、代表の期間になると急に不出場という図式は継続中。

 そして仮病は無いにしてもクラブ共に代表でもしばしばケガで離脱するキヴがこの試合直前でも筋肉の痛みによりドクターストップがかかったようです。ASローマでもインテルでも年間のうち20試合ほどしか出場できず、計算できない存在にもかかわらず、その能力で価値を披露してきた存在ではありますが、代表では欠場が大きく結果に響いたこともあり、また大一番で繰り返されることからか、キヴに引導を渡して新たなコンスタント出場が可能な戦力を育てるべきとの話題は2006年頃から出ていました。代表の将来、キヴの年齢も考えてカウントダウンは近づいているでしょう。

 最後に期待されて復帰したムトゥですが、本人も並々ならぬ想いで準備しているにもかかわらず、高熱を発症してチーム練習に参加できていないとのこと。大量の注射によって強行出場を想定されていますが、ズィクのプランが有力のようです。少なくとも万全のコンディションは無理のようです。
3月24日 ボスニア

  ムトゥの見慣れた反省会見

 ボスニアとの一戦を控えた昨日、代表に一年半ぶりの復帰を果たしたムトゥが意気込み含めてここまでの一連の騒動の謝罪もかねて記者会見に顔を出しています。

 『代表への想いは常に持っていたし、再び召集されることを願っていた。すべてはクラブでのプレーにかかっていることは知っていたし、自分でもその点はクリアできていたように思う。長すぎたサスペンションのため、重圧も感じてはいるが、これは代表である以上は以前から変わらない。今はチームのために貢献することしか考えていない。』

 『ラズヴァンとは昨日、長く話し合った。今の代表の状況において求められていることや私自身のかつての過ち、そしてセルビア戦での愚行に対してチームにも謝罪を済ませている。自分の甘えによっての罪は繰り返さない。プレーでチームに貢献してまだ私が十分に機能するところも証明したい。』
 
3月22日 ブカレスト

  2012年欧州選手権予選 第4試合ボスニア戦
  2012年欧州選手権予選 第5試合ルクセンブルグ戦


代表メンバー発表

  
 来たる欧州選手権予選2連戦、26日ボスニア-ヘルツェコヴィナ(アウェー)、29日ルクセンブルグ戦(ホーム)に臨む代表メンバーが発表されています。

 懸念されたラドゥはまたもやリーグ戦終了後にクラブからケガによる代表戦出場不可の通知が。リーグ戦ではケガではなくレッドカード退場によってピッチを去ったため、また3試合の出場停止が言い渡されたためたとえ代表戦に出ても休養十分なものと思われましたが、クラブはそれに合わせたかのように20日前後はケガによりプレーできないだろうとリーグ戦出場可能な日程に合わせてきました。このような動きでもはやラツィオは「代表戦は休養できないから」という理由ではなく、「代表戦でのケガのリスクはクラブにとって百害あって一利なしだから全て拒否」の姿勢が見れました。ただし今回はラドゥ本人がズル休みの噂を払拭するべくなのか、代表のキャンプを訪れました。強行出場の訴えもしましたが、改めて代表ドクターの診断で無理とのこと。ズル休みの疑念こそ晴れた形となりましたが、ここまでの経緯でズルと噂されてもしかたない原因は感じて欲しいです。

 あとは解任のピンチにあってコチシュとゴイアンがここにきて召集を受けています。今までの代表でのチーム育成に自ら失敗の烙印を押した結果となっていますが、ラズヴァンは特には理念や戦術がないのでもう言うまでもないでしょう。ついにはロシアの2部クラブを解雇されたフローレスクをスタメンフル出場で使うよりかはコチシュを使ってもらった方がいいですけど。

 ムトゥは1年半ぶりの召集。もはやいまさら語ることもないでしょう。勝利に導いて欲しいが、それによってラズヴァン解任がなくなる恐れがあるというジレンマの象徴になっています。あと決して忘れてはいけないのが、本来ムトゥを起用することは恥のなにものでもない。ただしそうすることさえしょうがないとも思えるほど結果が出ていないということ。すべての恥と凋落の起因であるラズヴァンの未来がかかった一戦となります。


 GK  所属 生年月日 CAP
 コステル・パンティリモン  FCティミショアラ 1987.02.01 (24歳) 10/0
 チプリアン・タタルシャヌ  ステアウア・ブカレスト 1986.02.09 (25歳) 2/0
 シルビウ・ルングJr  ウニベルシタテア・クライオバ 1989.06.04 (21歳) 1/0
 DF
 クリスティアン・キヴ  インテル(ITA) 1980.10.26 (30歳) 75/3
 ラズヴァン・ラツ  シャフタル・ドネツク(UKR) 1981.05.26 (29歳) 72/1
 ガブリエル・タマシュ  WBA(ENG) 1983.11.09 (27歳) 53/3
 ドリン・ゴイアン  パレルモ(ITA) 1980.12.12 (30歳) 35/5
 クリスティアン・サプナル  FCポルト(POR) 1984.04.05 (26歳) 7/0
 コルネル・ルパ  オツェルル・ガラツィ 1990.01.16 (21歳) 2/0
 フローリン・ガルドシュ  ステアウア・ブカレスト 1988.10.29 (22歳) 1/0
 アドリアン・サラジェアヌ  オツェルル・ガラツィ 1983.04.09 (25歳) 1/0
 MF
 ラズヴァン・コチシュ  カルパティ・リヴォフ(UKR) 1983.02.19 (27歳) 39/2
 チプリアン・デアク  シャルケ(GER) 1986.02.16 (24歳) 10/0
 ジョルジェ・フローレスク  所属なし 1984.05.21 (26歳) 8/1
 アドリアン・ロポタン  ディナモ・モスクワ(RUS) 1986.05.08 (24歳) 3/0
 ヤニス・ズィク  FCティミショアラ 1983.10.23 (27歳) 8/0
 ガブリエル・ムレシャン  CFRクルージュ 1984.02.13 (26歳) 4/0
 ガブリエル・トルジェ  ディナモ・ブカレスト 1989.11.22 (23歳) 4/1
 ダン・アレクサ  FCティミショアラ 1979.10.28 (31歳) 3/2
 FW
 アドリアン・ムトゥ  フィオレンティーナ(ITA) 1979.01.08 (32歳) 67/29
 チプリアン・マリカ  シュツットガルト(GER) 1985.10.02 (25歳) 44/13
 ボグダン・スタンク  ステアウア・ブカレスト 1987.06.28 (23歳) 6/1
 マリウス・アレクセ  ディナモ・ブカレスト 1990.02.22 (20歳) 0/0

3月19日 ロシア

  ルーマニア代表をルーマニア選抜にする男

 ロシアリーグ2部のアラニア・ウラジカフカスは所属のルーマニア代表絶対的スタメンであるジョルジェ・フローレスクとの契約を解除したとのこと。

 現在のRFPL(ロシア・プレミアリーグ)が設けた外国人制限枠のための削減の対象となったようですが、とは言っても先発11人中6人まで外国人選手が出場できる規定になっていて、他の外国人ではモルドバ、ブルガリア(2人)、ウズベキスタン、ブラジル(2人)、コートジボワール、ブルキナファソの選手が残されています。つまりはロシアの、2部の、助っ人の9番目の戦力として、いてもいなくても一緒の存在として不要とされました。

 しかし見る目のある人が見れば有能であるらしく、ルーマニア代表では絶対的にスタメンに名を連ねる存在のようです。70年代にドブリンを、80年代にバラチを、90年代にハジを、2000年代にはムトゥやキヴのようにファーストチョイスとされた代表の象徴は2010年現在はこのフローレスクとなっています。海外でも名を馳せている他の選手が交代される中で、また世代交代が叫ばれている中で若手をベンチに座らせたままでもフローレスクはスタメンでフル出場です。

 見る目がある代表監督のラズヴァン・ルチェスクによれば彼は相当使える選手のようです。好調なチームであればそのような存在がいてもおかしくないですし、どん底のチームにあっても孤軍奮闘ならばお咎めもないでしょう。そして一歩譲歩してポジション的にサイドや補佐的な役割ならそれもたまにはあるでしょう。ちなみに彼のポジションは戦術の核とされる真ん中、攻守の要であるボランチです。ちなみにラズヴァン監督の試合で戦術を感じたことは一度もないです。

ラズヴァン政権下でのフローレスク
結果 召集 出場詳細
1 2009.06.06 リトアニア
2 2009.08.12 ハンガリー
3 2009.09.05 フランス
4 2009.09.09 オーストリア
5 2009.10.10 セルビア ×
6 2009.10.14 フェロー諸島
7 2009.11.14 ポーランド
8 2010.03.03 イスラエル × スタメン(85分にギオアネと交代)
9 2010.05.29 ウクライナ × テストによる使い分けで不出場
10 2010.06.02 マケドニア × テストによる使い分けで不出場
11 2010.06.05 ホンジュラス スタメンフル出場
12 2010.08.11 トルコ × スタメンフル出場
13 2010.09.03 アルバニア スタメンフル出場
14 2010.09.07 ベラルーシ スタメンフル出場
15 2010.10.09 フランス × スタメンフル出場
16 2010.11.17 イタリア スタメンフル出場
17 2011.02.08 ウクライナ テストによる使い分けで不出場
18 2011.02.09 キプロス スタメンフル出場

 ちなみにボスニア戦を控えての状態で所属なしの選手が代表メンバーな訳ですが、協会の声明によるとそのまま起用のようです。ハジやムトゥ級の選手がクラブとの契約事情で解除となって、止むを得ずなら分かります。要するにそれでも請われるような才能の持ち主なら分かります。フローレスクはここまでして起用するべき選手なのですかということ。かつてラズヴァンは「クラブで活躍している選手は全員代表の権利がある」と述べています。「クラブで活躍」もなくなった選手をスタメンフルで使い続け、「クラブ」すらなくなった選手も使い続けることは周知。そういう行為が代表の低迷にはまったく関与していないと言い張れるのはこの見る目のある有能監督ぐらいでしょうか。

 かつて第2政権でぬるま湯と揶揄され低迷ムードに陥ったヨルダネスクですら、2004年予選ではまだチームに貢献できつつもクラブとの事情からフリーになってしまったポペスク、イリエ、ストイカの召集を、「早くクラブを見つけてくれ」とのエールと共に諦め、直後に3選手ともにクラブを見つけてからめでたく召集に踏み切ったことが懐かしいです。確証はないのですが、おそらく「所属無し」の代表メンバーは歴代初のような気がします。


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