Romanian Soccer Today 2011.2
2月18日 ウクライナ

  金で中東に渡ったコチシュがチームの経費削減でウクライナへ

 2008年の欧州選手権で予選・本選共にピツルカの秘蔵っ子として代表で活躍したラズヴァン・コチシュは国内リーグ復帰や現在所属しているのがサウジアラビアリーグという下降線をたどっていましたが、アル・ナスルの削減策により、ウクライナリーグのカルパティ・リヴォフにレンタル移籍することになりました。

 コチシュは国内のウニベルシタテア・クルージュでプレーを始めてまもなく注目されるようになり、フランスのレンヌなどオファーが殺到しましたが、2004年にクラブへの恩義のために移籍金の高いモルドバリーグのシェリフ・ティラスポールを選択。そこでベストアタッカー賞を2度獲得する成長を見せて、2007年にはロシアリーグのロコモティブ・モスクワへと非常にゆっくりとステップアップをしました。

 この頃には定着していた代表ではバランサーとしての守備的MF、クラブでも右サイドバックを任されるなどユーティリティー性に磨きをかけてたもののケガでクラブを構想外になると国内のティミショアラに帰還。パフォーマンスを維持した結果、ついに2010年2月には能力相応ともされるプレミアリーグのポーツマスへの移籍が秒読みとなりました。

 しかしイングランド特有の労働ビザの問題とポーツマスが制裁を受けるほどの財政的ピンチであることが発覚しボツに。その後に中東クラブに金を求めて、プレーとしても将来性としても代表からは縁遠くなっていました。しかし最近はラズヴァン・ルチェスクの迷走によってその経験が買われて代表にも復帰しています。
2月15日 ドイツ

  マリカがチーム追放処分

 ブンデスリーガ1部のシュツットガルトは所属のルーマニア代表チプリアン・マリカを今後チームのトレーニングには参加させないこと、要するにクラブの一員として認めないことを明らかにしました。

 まだ事の詳細は明らかになっていませんが、クラブの措置としては確定事項のようで、先週ガゼタ紙がマリカ本人にインタビューを試みた時は詳しいことは分からなかったもののクラブの措置には意気消沈していた模様。

 『現在、降格圏内に苦しんでいるチームにとって重要なのは一丸となって努力することです。しかしマリカはどうやらそんなことよりも自分優先のスタイルを崩さないようで、それならば彼には今日から一人でトレーニングしてもらったほうが良さそうだ。もはやチームとしても歓迎はしないだろう。』−ブルーノ・ラッバディア監督

 主な原因として挙げられるのが、監督との決定的な不和で、以前にもチーム練習で口論となり、マリカを締め出したことがあったようです。またあと半年で契約が切れるマリカに対して、クラブは契約延長を試みるも交渉にはならず、また移籍金がなくなる前の放出としてガラタサライやフルハムへの移籍がクラブ間でまとまるもマリカが首を縦に振らず破談。本人の契約終了後の自由選択と真っ向争いとなっているようです。

 こうなってしまった現在の解決策としてはまだ移籍マーケットが空いているルーマニア、ウクライナ、ロシアへシーズン終了までのレンタルか、謝罪による復帰しか残されていません。
2月9日 ニコシア

  キプロストーナメント2011 3位決定戦

キプロス戦

あれだけ悲しいPK戦、笑って見られるPK戦はここ20年で初。

GSPスタジアム

キプロス 1 00 1 ルーマニア
11

ミハリス・コンスタンティノウ
56
84
ガブリエル・トルジェ
PK
シニシャ・ドブラシノヴィッチ ○
エフスタシオス・アロネフティス ○
コンスタンティノス・ハラランビデス ○
ミカイル・クリソストモス ×
ミハリス・コンスタンティノウ ○
アンドレアス・アヴラーム ×
1
2
3
4
5
6
○ チプリアン・マリカ
○ ガブリエル・タマシュ
○ ラズヴァン・ラツ
× ゲオルゲ・ブクル
○ ガブリエル・トルジェ
○ コルネル・ルパ
タソス・キッサス
(46分 ミカエル・モルフィス)
マリオス・エリア
(70分 コンスタンティノス・ハラランビデス)
アンドレアス・アヴラーム
シエリス・ヴァレンティノス
シニシャ・ドブラシノヴィッチ
ミカイル・クリソストモス
ジェイソン・デメトリオウ
コンスタンティノス・マクリディス
(69分 ギオルゴス・パナギ)
ゲオルゲ・エフレム
キリアコス・パヴロウ
(75分 エフスタシオス・アロネフティス)
ミハリス・コンスタンティノウ
GKGK
DFDF
DFDF
DFDF
MFMF
MFMF
MFMF
MFMF
MFMF
FWFW
FWFW
FWFW
FWFW
FWFW
FW
FW
FWFW
チプリアン・タタルシャヌ
コルネル・ルパ
ガブリエル・タマシュ
ドラゴシュ・グリゴーレ
アドリアン・サラジェアヌ
(68分 ラズヴァン・ラツ)
ジョルジュ・フローレスク
アドリアン・ロポタン
ガブリエル・トルジェ
ヤニス・ズィク
(85分 ゲオルゲ・ブクル)
ボグダン・スタンク
(68分 シルヴィウ・イリエ)
チプリアン・マリカ
アンゲロス・アナスタシアデス 監督 ラズヴァン・ルチェスク
4-2-3-1フォーメーション 4-4-2フォーメーション
警告

ミハリス・コンスタンティノウ
アンドレアス・アヴラーム
20
33
36
38
67
コルネル・ルパ
ガブリエル・タマシュ

アドリアン・ロポタン
ガブリエル・トルジェ
ベンチ
ネストラス・ミティディス
ゲオルギオス・メルキス
ニコス・カツァヴァキス
/・ シルビウ・ルングJr
パウル・パップ
ユリアン・アポストル
リヴィウ・ガネア

プレイバック・オブ・ザ・ゲーム

 昨日のウクライナ戦で惜しくもPK戦で敗れてしまったために3位決定戦にまわり、キプロスというもはや勝って当然、もしくは対戦の意味すら問われてしまう残念な2戦目となったルーマニアはチームメンバーもウクライナに2軍を、キプロスに1軍をというすれ違い状態。

 スタメンは誰もが認めてなく、クラブでの活躍も証明できるものでないフローレスクがこの日も登場。おそらくこの日も不可解にフル出場するであろうことが確定。またセンターバックは多くの離脱者の影響で代替召集となったゴリゴーレ。ザルのディフェンスで有名なディナモの24歳である。左には帰国予定だったラツ、辞退のラドゥの代わりに25歳のサラジェアヌの抜擢。かつては堅いディフェンスで鳴らしたルーマニアもずいぶんと不安のある最終ラインである。

 試合が始まると落ち着かないキプロスDFに合わせるようにボールに選手が密集し、ボールを奪ったとしても広く展開できないルーマニア。チャンスと言えば5分にロポタンのチップスルーパスからマリカがDFを背負いながらエリア内に侵入するもシュートはミス。7分にはトルジェのFKからファーサイドのグリゴーレがダイビングヘッドするも空しくポスト横にそれる。

 21分になるとキプロスにも徐々に攻められるようになり、CKからのパス回しでさらに密集が顕著になると左サイドをフリーにしたため、タタルシャヌが1対1のピンチを迎える。24分、26分と立て続けのキプロスのFKにもヘディングで合わせられたり、競り合いで転々としたボールをなんとかタタルシャヌが弾き出したりと、まぐれでも失点しそうな雰囲気が漂ってきた。

 中盤の明確なプランとそれを実行できる選手がいないため有効な攻撃ができず、最近見る機会があった日本代表の方がちゃんとしている。中盤の一人であるロポタンは守備専として十分でありながら、やはりもう一人がネックとなる。この最重要なポジションにもっとも代表不相応な能力しか持っていないフローレスクを常にスタメンフル出場させる監督がいる限り弱いルーマニア代表は続くものと決定的。

 前半残りの時間もルーマニアの攻撃は2〜3人の個人技によるもので、なんとなくの無駄な時間が過ぎていく。それなりの薄いチャンスを迎えて、単発的にピンチも訪れる。

 後半はキプロス相手には悲しいことだが、一進一退の中でピッチを広く使うことでサイドが生きてくる。56分にカウンターで右サイドを抜けたトルジェがキーパーが出てくるのをチェックして、ループシュートでがら空きのゴールに押し込む。

 64分にはタタルシャヌノパスを受けたズィクがマリカへの一気のスルーパス。チャンスにも見えたが中央のサポートがなく、ボールキープで粘るうちにCKを得るのがやっとだった。75分にもズィクからのラインで捨て身のスルーパスを見せるが、受けたマリカはGKと1対1になりながらも後方のDFに倒されて追加点にはならず。

 こういうのが続くとキプロス相手に1-0というフラストレーションが溜まり、集中力の欠如がはっきりとしてきた。無駄なひじ打ちやファウルまがいのプレッシャーが頻発し、キプロスの選手が大げさに倒れる場面でゲームは何度も中断。そんな84分に、グリゴーレが不注意に出したルパへのバックパスをコンスタンティノウに奪われて、エリア外に必死に飛び出してきたタタルシャヌもかわされて無人のゴールへと吸い込まれていった。

 キプロス相手に屈辱の1-0勝利かよと思っていた矢先に、結果は1-1のドローだった。またもやラズヴァン代表に新たな勲章が加えられ、失望の中でなにもメリットのない形だけのPK戦に向かう選手たちのテンションは分かりきったもので、あらためてFIFAランク57位は妥当なものなのだと判明した試合だった。

小兵ついに代表での得点。キプロス相手に

 ボスニア戦に負けて今予選の終了と今までの変革という名の時間を無駄なものとしても監督を代えた方がルーマニア代表にとっては吉なのはいうまでもない。ゆるやかにとめどない下降線を見るよりも、もう誰もが将来の期待が持てる一気の急降下が待たれる悲惨な時期を迎えているのである。

2月8日 パラリムニ

  キプロストーナメント2011 第1回戦

ウクライナ戦

PKによる敗退で次の対戦がスウェーデンではなくキプロスになったことだけが残念

パラリムニ・スタジアム

ウクライナ 2 22 2 ルーマニア
00
ヤロスラフ・ラキツキー
アルテム・ミレフスキー
23
32

34
44


ダン・アレクサ
ダン・アレクサ
PK
アンドリー・ヤルモレンコ ○
アナトリー・ティモシュチク ○
アルテム・クラヴェツ ○
オレグ・グセク ×
ルスラン・ロタン ○
1
2
3
4
5
× ヤニス・ズィク
× パウル・パップ
○ リヴィウ・ガネア
○ ラズヴァン・ラツ
アンドリー・ピアトフ
(93分 アレクサンドル・ショフコフスキー)
オレグ・グセク
ドミトロ・チグリンスキー
ヤロスラフ・ラキツキー
ヴィタリー・フェドロフ
イェグヘン・コノプリアンカ
(69分 アンドリー・ヤルモレンコ)
アナトリー・ティモシュチク
オレクサンドル・アリエフ
(68分 アルテム・クラヴェツ)
タラス・ステパネンコ
(62分 ルスラン・ロタン)
マルコ・デヴィッチ
(46分 ミコラ・モロジュク)
アルテム・ミレフスキー
GKGK
DFDF
DFDF
DFDF
MFMF
MFMF
MFMF
MFMF
MFMF
FWFW
FWFW
FWFW
FWFW
FWFW
FWFW
FWFW
コステル・パンティリモン
ヴァシレ・マフテイ
パウル・パップ
フローリン・ガルドシュ
ラズヴァン・ラツ
ガブリエル・ムレシャン
(79分 ユリアン・アポストル)
ダン・アレクサ
ミハイ・ロマン
(58分 シルヴィウ・イリエ)
チプリアン・デアク
ゲオルゲ・ブクル
(57分 ヤニス・ズィク)
サブリン・スブルレア
(68分 リヴィウ・ガネア)
ユーリ・カリツヴィンチェフ 監督 ラズヴァン・ルチェスク
4-4-2フォーメーション 4-4-1-1フォーメーション
警告

オレグ・グセク
ヤロスラフ・ラキツキー
オレクサンドル・アリエフ
アルテム・ミレフスキー

アルテム・クラヴェツ
27
37
60
63
64

73
77
チプリアン・デアク




ヴァシレ・マフテイ
ベンチ
タラス・ミハリク
オレクサンドゥル・ロマンチュク
/・ シルビウ・ルングJr
コルネル・ルパ
ドラゴシュ・グリゴーレ

プレイバック・オブ・ザ・ゲーム

 ルーマニアは主に国内クラブを主体とした代表で中盤の軸をベテランで固めて、パップとガルドシュのセンターバック、スブルレアとガネアのFWがいかに次のボスニア戦に向けての戦力となるかを試す試合となった。

 ウクライナはベテランのシェフチェンコこそいないが、さすがのフル代表でゲームプランどおりにじわじわとルーマニアを追い詰めてゆく。ルーマニアはベテラン勢のマフテイが相変わらず代表クラスでないことを証明し、キャプテンシーを発揮できないラツが統制をとれずぎこちない。来るべき失点は23分、30メートルのフリーキックに壁のポジショニングが甘く、強烈に放たれたシュートは壁の間にできた穴を通り、ブラインドになったパンティリモンは反応が遅れてゴールを許す。壁がちゃんとあれば強烈な弾道のシュートは本来不可能。ブラインドかつ壁が本来の意味をなさなかったため強烈なままのシュートを防ぐには厳しいものとなった。すべては壁のミスだった。

 引き続き2点目はエリア内の密集地帯でステパネンコ、グセフ、デヴィッチ、ミレフスキと渡る小刻みな連続ワンツーパスを見事なまでに披露されて奪われる。若手DF陣のポジショニングに悪さで相手がパスを受けられる位置取りを許したのが原因。しかし密集でのこのプレーはバルセロナがときおり見せるレベルのものだったので、ウクライナを褒めるべきか。

 攻撃においては2トップのスブルレアとブクルも沈黙した。しかし34分にコーナーからファーサイドに流れたクロスにヘディングの競り合いでゴール真正面に落とされるとアレクサがいち早く反応して倒れこみながらゴール。44分には同じようにコーナーからヘディングの落としを絶妙なポジション取りをしていたアレクサが軽く流し込むようにコントロールショットで空いていた左サイドにゴール。なんとかラッキーの範囲での得点で試合を振り出しに戻した。

 後半は国内では絶大な評判を得るムレシャンが不調ながらもアレクサが中盤が試合を引き締める。しかし攻撃陣はまたもや最近のおなじみとなったデアクの孤軍奮闘が光るばかりで、スブルレアとガネアはボールを受けても何もさせてもらえない状態でもはや得点については終了。

 結果は前回の敗戦のリベンジを果たしたいところではあったが、このメンツにおいては立派な引き分け。しかし得点が予想外のアレクサであり、流れからは皆無だったこともあって収穫があったかどうかは疑問の1戦となった。

スタメンに欲しい精神力と運

 全試合での久々の復帰で面白い活躍をしていたアレクサがちょっと日の目を見て嬉しい。30歳を越えての起用であるため、現代表の若返りには逆行するが、大それた失敗はしないようなタイプなのでフローレスクなんか使うよりかはメリットしかない。

2月8日 ブカレスト

  疑惑の離脱:サプナルとラドゥが直前辞退

 キプロス・トーナメントのために合同合宿は張っているルーマニア代表ですが、初日にマリウス・コンスタンティンが負傷。そして過密日程から遅れての合流予定だった海外組から週末のリーグでの負傷でダニエル・ニクラエが負傷、そして代表期間だけケガすることでおなじみとなったポルトのクリスティアン・サプナルとラツィオのシュテファン・ラドゥも離脱となりました。

 代替選手はディナモのドラゴシュ・グリゴーレのみで、1戦目終了後にクラブへ帰らなくてはいけないラツ、デアク、ブクルもいるのでメンバーはギリギリの人数になりました。


 GK  所属 生年月日 CAP
 シュテファン・ラドゥ  ラツィオ(ITA) 1986.10.22 (24歳) 8/0
 クリスティアン・サプナル  FCポルト(POR) 1984.04.05 (26歳) 7/0
 M・コンスタンティン  ラピド・ブカレスト 1984.10.25 (26歳) 4/0
 ダニエル・ニクラエ  ASモナコ(FRA) 1982.10.06 (28歳) 35/8
 ドラゴシュ・グリゴーレ  ディナモ・ブカレスト 1986.09.07 (24歳) 0/0

 ここでせっかくなので、二人のケガによる代表の辞退について過去のデータで検証していきます。


ラドゥ サプナル
1 2009.06.06 リトアニア × 未召集 スタメン
2 2009.08.12 ハンガリー × 未召集 × 未召集
3 2009.09.05 フランス × 未召集 出場なし
4 2009.09.09 オーストリア × スタメン
5 2009.10.10 セルビア × × 未召集 × ケガで辞退
6 2009.10.14 フェロー諸島 × ×
7 2009.11.14 ポーランド × 未召集 後に暴行騒動
8 2010.03.03 イスラエル × × 召集後ケガ × 出場停止
9 2010.05.29 ウクライナ × × 拒否 × 出場停止
未召集
10 2010.06.02 マケドニア × × ×
11 2010.06.05 ホンジュラス × ×
12 2010.08.11 トルコ × × ケガで辞退 × 未召集
13 2010.09.03 アルバニア × ケガで辞退 × 召集後ケガ
14 2010.09.07 ベラルーシ × ×
15 2010.10.09 フランス × 出場なし スタメン
16 2010.11.17 イタリア × ケガで辞退 × 召集後ケガ
17 2011.02.08 ウクライナ × 召集後ケガ × 召集後ケガ

 ラズヴァン政権下のラドゥはピツルカも惚れ込んだ逸材だったため、磐石と期待されていましたが、蓋を開けてみればベテラン志向だったことが明らかになり、マフテイやガラマズよりも下と見なされて召集なしが続いた。クラブではラツィオでのプレーがセリエでも屈指とされ、ミランやユベントスも狙う評判を得た。そんな中でもかたくなに召集しないラズヴァンでしたが、代表での指揮能力や成績が下降線をたどるとようやくイスラエル戦で召集。ケガで辞退してからはメディアでも知られるように召集の電話にも出ないというほどの反ラズヴァンの姿勢に出る。ようやくわだかまりが解けた感のトルコ戦からはケガによる出場不可と軟姿勢に変わるが、いざ召集を受けたフランス戦ではまさかの出場機会無しでベンチを暖める(ラズヴァンの報復と取られてもおかしくない行為)。これによりまた振り出しに戻っている状態であります。

 サプナルに関してもクラブでは常時出場して、代表でも明らかに弱点を補ってあまりあるファーストチョイスで機会を得る。しかし不可解な戦犯として結果の責任を負わされるような感があり、またラズヴァンの経験あるマフテイの方が選手としては上という理念の縁故のために磐石の信頼は得られず、ついにはポーランド戦でメディアや周囲の評判に反するような78分からの途中出場という屈辱にストレスが溜まったのと、苦手な飛行機での帰途を紛らわす飲酒が作用して取材陣に対して暴行し、以後2試合の出場停止。このことにプラスしてクラブでも暴行で出場停止になるなど性格的な問題点がクローズアップされ、若干ながら右サイド問題についてはラズヴァンのサプナル疎外が肯定される雰囲気にもなった。しかし他の若手を起用せずのマフテイ重用にはやはりもとの批判が集まり、2番手としてルパの起用に遅すぎの後手後手。代表1番手のサプナルはラドゥ同様に反ラズヴァンともとられる固辞を崩していない模様。

 ここではどこが妥協点だったのかが争点になります。お互いのプライドがかみ合わずにラドゥに関しては異常とも取れるこの全盛期においての17試合連続代表キャップ無し。サプナルも不動と予想された中での代表4キャップ。その間にはロートルばかりの代表選考および2010年の代表戦績1勝3分5敗で歴代初敗北や予選5位など凋落の限りを導いたラズヴァン・ルチェスクにはしかるべき批判が集まるのももっともなこと。その解決策として信頼ある能力をクラブで発揮しているラドゥに対してわだかまりを一気になくす良いチャンスでもあったフランス戦での終始ベンチはやはりありえない。ここまで我を通してきたのだから男らしく一貫性を持って「ラドゥは召集せず」ぐらいの態度をしめすべし。我々は早期のラズヴァン解任を楽しみにして待つので。

 ただし相手が誰であろうとここまでくると仮病の疑惑が持たれることの繰り返しもまた異常である。本当に裏に意味ありの行動ならこちらも男らしく「代表拒否」を掲げよ。嫌味みたいな駆け引きはもう必要なし。踊らされるは応援しているファンになりつつある現状は否である。以下ではラドゥの拒否とサプナルの出場停止が明けたトルコ戦からのいわゆる「ケガで出場不可」についての興味あるデータを載せておきます。


ラドゥ サプナル
08.07 カップ戦
12 2010.08.11 トルコ × × ケガで辞退 × 未召集
08.14 リーグ1節
08.19 EL予備戦
08.22 リーグ2節
08.26 EL予備戦
08.29 リーグ1節 リーグ3節
13 2010.09.03 アルバニア × ケガで辞退 × 召集後ケガ
14 2010.09.07 ベラルーシ × ×
09.11-12 リーグ2節 リーグ4節
09.16-18 リーグ3節 × EL
09.20-22 リーグ4節 リーグ5節
09.25-26 リーグ5節 × リーグ6節
09.30 EL
10.03-04 リーグ6節 × リーグ7節
15 2010.10.09 フランス × 出場なし
10.17 リーグ7節
10.21-24 リーグ8節 EL
10.25-27 × カップ戦 × リーグ8節
10.30.-31 リーグ9節 リーグ9節
11.04 リーグ10節 × EL
11.07 リーグ11節 リーグ10節
11.14 リーグ12節 × リーグ11節
16 2010.11.17 イタリア × ケガで辞退 × 召集後ケガ
11.21 リーグ13節 カップ戦
11.25-27 × カップ戦 リーグ12節
12.02-03 リーグ14節 EL
12.06-07 リーグ15節 リーグ13節
12.11-12 × リーグ16節 カップ戦
12.15 × EL
12.19-20 × リーグ17節 リーグ14節
01.08 リーグ18節 リーグ15節
01.12-13 リーグ19節 カップ戦
01.16 × リーグ20節 リーグ16節
01.19 カップ戦
01.22-23 リーグ21節 リーグ17節
01.26-29 リーグ22節 リーグ20節
02.01-02 リーグ23節 カップ戦
02.06 リーグ24節 リーグ18節
17 2011.02.08 ウクライナ × 召集後ケガ × 召集後ケガ

 ラドゥに関してはバレバレですね。リーグでは評判どおりの不動のスタメン。欠場においては12月に手術に踏み切った間のリーグ2試合とリーグでの酷使を考えてのカップ戦です。どうやら代表戦も国内カップ戦同様にリーグのための大事な休養期間としてしかないようです。サプナルは中盤に1試合おきの出場という変わった傾向にありますが、もちろんケガではなく当時の監督が同ポジションのフシーレとの能力の見定めができずに併用という策を採ったため(2選手が交互にスタメンフル出場)。
2月4日 イタリア

  キヴが試合中にキレて暴力行為

 インテル所属のルーマニア代表クリスティアン・キヴが3日のバーリ戦で、相手チームのマルコ・ロッシの顔面を殴るという暴挙に及んだことが大きくニュースとなって流れています。主審が見ていなかったため、試合中には処罰は下されませんでしたが、テレビ映像では明確にこの場面が映し出されているため、後日の映像判定によってキヴには出場停止処分が科される模様。

 試合後、キヴはイタリア『スカイ』のインタビューに応じ、次のように話しています。

 『何があったのか、説明するのは難しい。一瞬、我を失ってしまった。インタビューに来たのは、マルコ・ロッシに許しを請うためだ。僕にも少しは尊厳があり、彼に謝罪をしたい。自分にふさわしいことではなく、申し訳なく思っている。自分がクソ野郎だと感じているよ。これまでにしたことはなかったし、サッカーを見ているすべての人、チームについてきてくれているすべての人に謝りたい。何より、見ているかもしれない自分の2人の子供たちに謝るよ。』

 ここまで話すと、キヴは涙を流しながらそれ以上の発言を断り、カメラの前を去っている。

 一方で、殴られて激怒していたロッシは、『クリスティアンの謝罪は理解している。試合中はキレちゃうことがあり得るんだ。彼が退場になっていれば、僕らにとっては有利だったかもしれない。今は彼の謝罪を受け入れるよ。ほかのことを考えるようにしよう。このことについては、考えるべき人がそうするはずだ。』と語っています。
2月2日 ブカレスト

  国際親善試合:キプロストーナメント2011

代表メンバー発表

  
 ルーマニア代表のラズヴァン・ルチェスク監督は今月8、9日に行われるキプロス・トーナメントの代表メンバーを発表しました。まず8日にパラリムニでルーマニアvsウクライナ、9日にニコシアでキプロスvsスウェーデンが行われ、翌日に勝者同士と敗者同士で対戦して順位が決まります。また海外組合流が遅れるため、主力が2日目となり、初日の国際Aマッチデーは若手メンバーによる試合となります。

 来月のボスニア戦に向けてのテストマッチとなる今回の2戦では多くのユース世代の若手が召集されています。定着のトルジェやルパの他にはユースのセンターバックコンビであったガルドシュとパップ、同じくFWコンビのガネアとスブルレアが第1戦のスタメン候補にもなっています。また見慣れないサラジェアヌは首位ガラツィの左サイドのようです。すでに28歳の遅咲き選手として栄光に預かっています。

 また前回も「リーグに普通に出場→代表戦が近づくとケガで辞退→直後のリーグでは普通に出場」という疑惑のループが性懲りもなく繰り返された実力スタメンのサプナルとラドゥがまた召集。すでにラズヴァンの未召集の禊は個人的にも過去のことなので、いまだに直前になってからケガで辞退とかになったらもう代表に情熱を注げない輩としての認識が必要になりますね。真っ向から召集拒否すると問題が生じてくるので、一度召集を受託しておいてからの責められないケガという理由で「そもそも最初からプレーする気がない」ものと見えています。クラブ関係者の入れ知恵かもしれませんし、ラズヴァン失脚を待っているのかもしれません。

 キヴはインテルにおけるハードスケジュールのため今回は相互の承諾により合流せず。タナーセはケガにより、本調子ではないアポストルと替わっています。中盤はロポタン、ムレシャン、アレクサと守備的が揃っているので舵取りとしてはアポストルだけなのが気がかりですね。フローレスクは代表不相応とされながらも、ラズヴァンのクラブでのプレーでの活躍という不可解な選出によってここまで無駄に代表の1枠を浪費していますが、ロシアリーグは12月で終了し、所属のアラニアは16チーム中、15位で降格しました。そのクラブにおいてケガでの離脱も多く、復帰しても絶対的存在でない1選手がまた召集されているようです。「クラブでの活躍」という言い訳がなくなった現在、新たに付け加えられる理由は「ケガがなかったら活躍していただろうし、それこそ降格のピンチを救う存在であったことは確実。」というものでしょう。また「どうもクラブの監督にも見る目がないようだ。私だったらフローレスクを王様に君臨させて、その活躍でリーグ制覇も夢ではない。来期のチャンピオンズリーグにも出場していただろう。ビッグイヤー?それも可能だね。」とでも言うつもりでしょうか。そんな絵空事はいいので、現実として自らが導いてきたルーマニア代表の凋落をまずどうにかしてほしい。


 GK  所属 生年月日 CAP
 コステル・パンティリモン  FCティミショアラ 1987.02.01 (24歳) 9/0
 チプリアン・タタルシャヌ  ステアウア・ブカレスト 1986.02.09 (25歳) 1/0
 シルビウ・ルングJr  ウニベルシタテア・クライオバ 1989.06.04 (21歳) 1/0
 DF
 ラズヴァン・ラツ  シャフタル・ドネツク(UKR) 1981.05.26 (29歳) 70/1
 ガブリエル・タマシュ  WBA(ENG) 1983.11.09 (27歳) 52/3
 シュテファン・ラドゥ  ラツィオ(ITA) 1986.10.22 (24歳) 8/0
 クリスティアン・サプナル  FCポルト(POR) 1984.04.05 (26歳) 7/0
 ヴァシレ・マフテイ  CFRクルージュ 1981.01.01 (30歳) 11/1
 M・コンスタンティン  ラピド・ブカレスト 1984.10.25 (26歳) 4/0
 コルネル・ルパ  オツェルル・ガラツィ 1990.01.16 (21歳) 1/0
 フローリン・ガルドシュ  ステアウア・ブカレスト 1988.10.29 (22歳) 0/0
 アドリアン・サラジェアヌ  オツェルル・ガラツィ 1983.04.09 (25歳) 0/0
 パウル・パップ  ヴァスルイ 1989.11.11 (21歳) 0/0
 MF
 チプリアン・デアク  シャルケ(GER) 1986.02.16 (24歳) 9/0
 ジョルジェ・フローレスク  FCアラニア(RUS) 1984.05.21 (26歳) 7/1
 アドリアン・ロポタン  ディナモ・モスクワ(RUS) 1986.05.08 (24歳) 2/0
 ミハイ・ロマン  ラピド・ブカレスト 1984.11.16 (26歳) 8/0
 ユリアン・アポストル  ウニレア・ウルジチェニ 1980.12.03 (30歳) 6/1
 ヤニス・ズィク  FCティミショアラ 1983.10.23 (27歳) 6/0
 ガブリエル・ムレシャン  CFRクルージュ 1984.02.13 (26歳) 3/0
 ガブリエル・トルジェ  ディナモ・ブカレスト 1989.11.22 (23歳) 3/0
 ダン・アレクサ  FCティミショアラ 1979.10.28 (31歳) 2/0
 シルビウ・イリエ  オツェルル・ガラツィ 1988.06.27 (22歳) 1/0
 FW
 チプリアン・マリカ  シュツットガルト(GER) 1985.10.02 (25歳) 43/13
 ダニエル・ニクラエ  ASモナコ(FRA) 1982.10.06 (28歳) 35/8
 ゲオルゲ・ブクル  クバン・クラスノダル(RUS) 1980.04.08 (30歳) 19/4
 ボグダン・スタンク  ステアウア・ブカレスト 1987.06.28 (23歳) 5/1
 リヴィウ・ガネア  ディナモ・ブカレスト 1988.02.23 (22歳) 0/0
 サブリン・スブルレア  ラピド・ブカレスト 1989.05.12 (21歳) 0/0

2月3日 イタリア

  フィオレンティーナがムトゥ復帰を認める

 フィオレンティーナは2日、セリエA第23節でジェノアと対戦し、ホームで1-0と勝利した。不振にあえぐ中での白星だけに、シニシャ・ミハイロビッチ監督をはじめとするチームも、安堵のため息をついているだろう。

 数々のトラブルでもはやクラブからの信頼も完全に失ったとされていた元ルーマニア代表アドリアン・ムトゥですが、前回の謝罪の後に現在はチーム復帰の可能性が出てきているようです。オーナーの一人であるアンドレア・デッラ・ヴァッレ氏は、イタリア『スカイ』のインタビューでこう話しています。

 『彼はグループに戻る。万全の状態ではないから、(次節)パルマ戦からいるかどうかは分からない。だが、来週からはOKだろう。これは私が決めたことで、私が責任を負う。もう一度彼にチャンスを与えるんだ。だが、ムトゥには示すべきものがたくさんある。起用するかどうかは、監督が決めることだ。』

 そのミハイロビッチ監督は試合前、解任の可能性も報じられていたが、デッラ・ヴァッレ氏は「サッカーでチームがうまくいかなければ、監督解任が騒がれるようになるものだ。だが、実際はそうではない。ほかのどの監督ともコンタクトをとっていないと断言するよ」と否定しています。

 大問題を起こして直後に「反省」という言葉を表面的に使い、許しを請う。そのためには似たもの同士と形容される代理人にすべての責任があるかのように振る舞い、解決がされれば短期の模範生の偽装から再度わがままによるトラブルを起こすという稀有な特殊能力を持つ男にずっと戦々恐々としながら過ごさなくてはいけない監督に合掌。次にまた問題を起こすのか?という賭けは成立しないので、賭けるならそれまで何ヵ月を要するかというのがベストと思われます。


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