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1月31日 イタリア 引く手あまたのコドレア またセリエBへ ![]() 正確な内容はパレルモの23歳のストライカー、ジュゼッペ・マスカラに300万ユーロを加えたトレードという形であるようです。互いのクラブの正式発表はまだですが、コドレアのエージェント、アンドレア・プレッティはすでにこの事を明らかにしており、明日には決定するものとみられています。 パレルモには昨年までジェノアに所属していたルーマニア人バレンティン・ナスターセがおり、共にA昇格に向けてがんばって欲しいものですが、正直言ってガッカリしました。かれにはビッグクラブが似合うと思っていましたが、世間の評価は意外とこんなものなのでしょうかね。 ・ |
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1月31日 ドイツ ポペスクの移籍が認められず ![]() 一方、ポペスクは『ハノーファーはおそらく私にとって最後のクラブになるでしょう。私はこのままドイツに留まってすべてが良い方向に解決されることを望むことにします。様々な問題があるでしょうが、私は楽観的に見ていますよ。なぜなら私は自由契約選手ですからね。すぐにはプレイできないでしょうが、クラブの弁護士がうまく事を運んでくれると信じていますよ。』 ・ |
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1月30日 ティミショアラ キスペストのドゥルカも帰国 ![]() ドゥルカはラピド・ブカレストで頭角を現して98年W杯に出場。その後、韓国の浦項スティーラーズや国内のチェアラウル、ガス・メタンでプレーしていました。 現在前半戦を終えてポリテニカは6位と好位置に付けていますが、順位の割には失点が多いのが難とされています。スタメンのコンスタンティノヴィッチとザンクと共に3人とも30歳を越えていますが、それでもドゥルカの抜き出た経験で後半戦に突入プランのようです。 ・ |
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1月30日 ブカレスト スンマルテアンがB型肝炎で離脱 先日、代表に召集されたルチアン・スンマルテアンはどうやらB型肝炎であることが発覚したという話が出てきています。詳細は明らかになっていませんが、これによりヨルダネスク代表監督は代わりにステアウアのマリアン・アリウツァを召集するものと見られています。アリウツァは過去に2001年2月26日キプロス・トーナメントのウクライナ戦で代表キャップを記録しています。 ・ |
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1月29日 ドイツ ポペスクがブンデスリーガに挑戦 ![]() ポペスクはディナモを退団して以来ずっとガラタサライの合同練習に参加していてクラブの入団テストにも合格していたので、てっきりそのままガラタサライへ復帰かと見られていましたが、ヨルダネスク監督の「クラブに属していなければ代表には呼ばない」との警告により急遽ドイツに渡ることになったようです。またディナモとは相互解消の形で退団したために移籍金がかからなかったのが大きかったようです。 『おそらくここが私の最後の地となるでしょう。契約満了が引退ということです。おそらく多くのドイツ人が私の年齢を問題視するでしょう。しかし、メディカルチェックでは良い結果を示すことができたし、ここまで独自にトレーニングしてきたことも知っています。その間に様々なオファーを受けましたが、ここがベストの選択だったのです。』 よって次節のリーグ戦にも出場する見込みで、直前での代表合流もありうるかもしれません。 ・ |
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1月29日 ブカレスト![]()
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1月26日 ポルトガル ポルトガルの夜にこだまする勝利の雄たけび ![]() 『彼のテクニックと精神力は素晴らしいものだ。特にあのFKはまさに完璧だった。彼がまだここにいた事が幸運以外のなにものでもないでしょう。』とはクラブ首脳陣のお言葉。 マリネスクは94年から4年間2部のレシツァで過ごし、97/98シーズンにラピドに移籍するとリーグには1歩届きませんでしたが、自身13得点を記録。カップ戦の制覇と一気にルーマニア代表、そして98年W杯にも出場するシンデレラストーリーを実現していました。たった1年でラピドから海外に挑戦した後はサラマンカとファーレンセでプレー。過去2シーズンは2部生活の中、今季からまたポルトガル1部で戦っています。 ・ |
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1月25日 ブカレスト もう恒例行事か?ヨルダネスクの悩み ![]() 『大一番のデンマーク戦に出す予定の選手を出場させないとテストマッチの意味がないでしょう。私は出来るだけ多くの選手を起用するつもりですが、こればかりはそれぞれのクラブが選手を引き渡すかどうかにかかっています。』とはヨルダネスクのコメント。 ちなみに召集したい海外組 GK:ステレア、ロボンツ DF:コントラ、キヴ、チオボタリウ MF:D・ムンテアヌ、タララケ、ギオアネ、コドレア FW:ムトゥ、イリエ、パンク、ガネア、モルドヴァン ・ |
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1月25日 トルコ パンクのパートナーが決定 ![]() この移籍にはラピドとベシクタシュのクラブ間の友好関係がベースとしてなっています。現ベシクタシュ監督のミルチェア・ルチェスクは1999年にラピドの監督としてリーグ制覇に貢献しており、ラピドのオーナーであるゲオルゲ・コポスともいまだに親しい関係であります。ちょうど2クラブともトルコで行われているアンタリヤ・トーナメントに出場することもあり、現地でサインが交わされました。 『とても嬉しいですね、最高です。しかしちょっぴりナーバスになっていますよ。獲得は成功だったと言わせるために6ヵ月で結果を出さないといけませんからね。私はもう28歳なので最後のチャンスでしょう。』 そして先日、ベシクタシュに移籍したマリウス・マルダラシャヌはアンタリヤ・トーナメントのスポルツール・スツデンテスク戦で右サイドMFとしてクラブデビューを果たしました。 マルダラシャヌは後半からトゥメルに代わって出場し、FWへの絶好のパスをいくつか成功させただけでなく、セーブされはしたが51分には惜しいシュートも見せました。試合観戦していたトルコのジャーナリストもそのパフォーマンスには好評価だったようです。 滑り出しは好調でしたが、半年後どうなっているでしょうか。 ・ |
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1月24日 ドイツ ルーマニアの爆撃機 おまけ: フランスリーグのナント所属の代表FWビオレル・モルドバンはセダン戦で77分に出場してその7分後に今季3本目のゴールを決めました。最近ケガから復活したばかりでした。 ・ |
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1月22日 オランダ アヤックスに対抗してPSVが狙うルーマニアン ![]() オランダの強豪PSVはディナモ・ブカレストの右サイドバック、フラヴィウス・ストイカンをシーズン始めから注目していましたが、ついに獲得に乗り出すらしいのです。実際PSV側はすでにトルコでトレーニングキャンプをしているディナモの元に交渉に向かっているらしく、またディナモも現在直面している財政危機のため150万ユーロでまとまるのではないかと見られています。 じつはストイカンは2001年の夏にもアヤックス入りが噂されていてトライアルにも参加していましたが、実現していませんでした。テストでは良いパフォーマンスを見せていたにもかかわらずアヤックス側はストイカンが過去2度の手術を受けていたことに二の足を踏んだためでした。 ・ |
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1月22日 イタリア ムトゥがセリエA前半戦の最優秀ストライカーに輝く ![]() GKにはボローニャのジャンルカ・パリュウカ。数々の素晴らしいゴールキーパーが揃っている中で最高の活躍をしていた。まだまだ決定的な仕事をすることができる。失点数はわずか14だ。 ディフェンスラインの中央にはミランの2人、アレッサンドロ・ネスタとパオロ・マルディーニ。お互いを補完するような形で鉄壁のディフェンスを形成していた。アンチェロッティがアタッカーを3人も4人も起用することができるのは彼らの存在のおかげでもある。 右サイドはリリアン・テュラム。完全にサイドでのプレーに慣れたようだ。攻撃参加もディフェンスも絶妙。ミラン戦での突破とゴールは忘れられない。 左サイドにはラツィオのブラジル人アパレシデオ・ロドリゲス・セザール。ディフェンス面での課題を克服し、序盤戦には素晴らしい活躍をしていた。負傷のせいもありここ数試合は調子を落としているが、このポジションで最高の選手であることは変わらない。 中盤にはまずエドガー・ダービッツ。難しい性格ではあるが、ユベントスにとって最大の戦力の一つだ。リッピは彼なしではやっていけない。 右にはブレシアのヨナタン・バキーニ。大きく飛躍しつつあり、代表にも招集されるかもしれない。左はラツィオのデヤン・スタンコヴィッチ。大ブレイクを果たしており、もはやネドヴェドの後継者として誰もが認めている。 トップ下の位置にはアントニオ・ディ・ナターレ。最高の形でシーズンをスタートさせたが、負傷のためストップしてしまった。 FWはペルージャのファブリツィオ・ミッコリとパルマのアドリアン・ムトゥ。ミッコリはスピードとテクニックを生かしてすぐにトップリーグでのプレーに順応した。ムトゥはパルマへの移籍が大成功だったようだ。世界最高のFWの一人であり、さらなるビッグクラブが彼にふさわしい。 監督はミランのカルロ・アンチェロッティ。首位に立っているだけでなく、思い切って斬新なモデルを試し成功したことも含めて最高の監督として評価できる。フィニッシュがやや物足りない気もするが、ミランは楽しく強いサッカーをしている。 イタリア人のドリームチームでは両サイドにフィオーレとバキーニが入り、ディフェンスはレグロッタッリェ、ネスタ、M.カステッリーニの3人となる。中盤にはガットゥーゾとアンブロジーニなど。FWはデル・ピエロとミッコリの後ろにディ・ナターレが入る形だ。 ・ |
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1月21日 ブカレスト![]()
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1月21日 ポルトガル ニクラエが再びラインに復帰 ![]() 約40日ぶりのトレーニングにもかかわらず以前のようにチームの戦術に違和感なくフィットし、身体的キレも申し分なかったため状況によっては次節のサンタクララ戦にも出場するかもしれません。 ・ |
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1月19日 イタリア セリエA 17節 パルマ 2-0 エンポリ ![]() バルディーニ監督のエンポリはいつも通りで、ロッキのワントップ。アゴスティーニやルッキーニもスタメン出場となった。 開始直後はともに相手の出方を窺っていたが、最初にチャンスを迎えたのはムトゥ。前半8分、惜しいフリーキックだったがベルティにセーブされてしまった。 その5分後にはパルマが先制する。ラムシがエリア中央に完璧なボールを入れ、ジラルディーノが空まで届くようなヘディングでゴールに流し込んだ。これでスコアは1-0。エンポリは意気消沈し、前線ではロッキが完全に孤立してしまう。 試合のペースは上がらず、ともに手堅い戦術に重きを置いた展開となっていった。パルマはリスクを冒さず、無理のないように試合をコントロール。ラムシがうまくオーケストラを指揮していた。 32分には中田のクロスからまたしてもジラルディーノがヘディングシュートを放つ。GKベルティの目の前でフリーだったが、ボールは勢いがなく容易にセーブされてしまった。エンポリはいつものようなリズムある縦に速いプレイができていなかった。従って攻撃に怖さがない。パルマも攻撃面ではそれほど良かったわけではないが、ボールをキープして試合のリズムを作っていた。 前半終了間際にはムトゥが左サイドを突破して強烈なシュートを放ったが、なんとかGKのベルティがゴールを守った。こうして盛り上がりに欠ける前半はパルマ優位のまま終了する。 エンポリはほとんど攻撃ができなかったため、バルディーニ監督は後半に向けエースのディ・ナターレを投入。すぐさまチャンスを作り、48分にはヴァンヌッキのシュートをフレイがコーナーに弾いた。前半のエンポリとは違っていたが、パルマもまた前半とは姿を変えていた。 50分には中田が立て続けに2本のシュート。1本目はベルティ、2本目はクーピに阻まれた。その1分後にはムトゥがオーバーヘッドキックでゴールを狙ったが、これもベルティにセーブされてしまった。 パルマは左サイドを中心に攻撃の手を強めていたが、一方でエンポリもディ・ナターレが加わったことで前半孤立していたロッキもプレイしやすくなっていた。試合のリズムは上がっていく。パルマはグラウンド全体を広く使ってプレイし、中盤の中田、ラムシ、バローネが好調で非常に良い組織を形作っていた。 だがエンポリも負けてはいない。62分にはディ・ナターレのヘディングをフレイが弾く。64分にはヴァンヌッキのフリーキックが右ポストの脇をかすめていった。 同点ゴールを狙うバルディーニはさらにタヴァーノを投入し、プランデッリもアドリアーノ投入でこれに対抗。このあたりでエンニオ・タルディーニには深い霧が立ち込め、視界は極端に狭くなってくる。 74分にはタヴァーノがエリア内に侵入してシュートを放ったが、ボネーラに当たってコーナーキックに。ようやくエンポリも積極的なプレイをするようになっていた。パルマも左サイドを突いて相手の攻撃の勢いを弱めようとする。アドリアーノもゴールから遠い位置でボール回しに参加していた。 そして82分にはパルマが試合を決める。ムトゥが相手ディフェンスの不用意なバックパスを素早くカットし、ベルティまでかわしてボールをゴールに流し込んだ。霧のためこのゴールが見えない観客も少なくなかっただろう。 あとは試合終了までパルマが試合を支配し、エリア外からのシュート1本をフレイがセーブした場面以外には見所もなかった。 ようやく霧が晴れてきたところで試合終了。効率的な戦いをしたパルマが勝利を収めた。エンポリはこれでアウェイでの4連敗を喫してしまった。 ・ |
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1月16日 アムステルダム アヤックスでのルーマニアン饗宴 ![]() いくつかのミスやシャープさに欠いたものの、全体としては悪くないプレーぶりで次第点を与えられる内容でした。なおヴォルフスブルグでは本家のドリネル・ムンテアヌが最後の12分間に出場しています。 ヴラド・ムンテアヌは後半のみの出場でしたが、左ウイングとして多くのチャンスを創り出してマックスウェル、マフラス、セードルフらとのコンビネーションも初めてとは思えないほど機能していました。また彼の持ち味のするどいドリブルもファウルでしか止められないほど抜群にキレていました。25mのロングシュートは相手GKのファインセーブに止められたものの、ついに88分には完璧なセンタリングを上げてみせて、ワンベルトが軽く押し込むだけのヘッドで決勝点。 一方、オビディウ・ペトレはフル出場を果たしたものの、試合序盤は明らかに圧倒されていて大事な場面で3度もボールを奪われたりで散々でした。しかし徐々に彼らしさを取り戻し、右に左にチームメイトをカバーしてDFラインの前でピンチをことごとく防いでみせました。そしてその後はエッフェンベルクを完璧に抑えて、驚く事に攻撃面でもいくつかのチャンスを創り出したことによってクーマン監督は予定していたハーフタイムでの交代をせず、フル出場させたようです。 この試合のマン・オブ・ザ・マッチは疑いもなくルーマニア代表GKのロボンツで、彼は6ヵ月ぶりの試合ながら、2回の奇跡的セーブと決定機になる前のクリア、そしてセーブからの素早い判断でするどいカウンターアタックをおぜん立てしました。 そしてキヴはケガが完全に回復していないため軽いトレーニングで済ませ、試合には出場しませんでした。しかし同郷のペトレとムンテアヌを嬉しそうに応援していましたとさ。 ・ |
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1月13日 イタリア またやったよ!僕らのムトゥが! ![]() 彼は28分にバローネからのパスを胸で受けとめるとそのままドリブルしながら2人のDFをスピードでかわしてGKの動きをよく見てゴール。またもやムトゥの個人技のみで稼いだ先制点でした。 イタリアメディアの評価 Gazzeta di Parma : 6.5 『前半はピアチェンツァに完全に支配されていましたが、その中でなんと か引き分けることができたのもムトゥの個人技のおかげでしょう。』 Gazzeta dello aport : 7 『パルマの今回の結果はムトゥ様様でしょう。かれの相手DFとGKをあざ 笑うかのようなゴールはそのテクニックのなせるワザですね。』 Datasport.it : 7 『もしムトゥがもう一つのチャンスをミスしていなければ確実に“8”の採点 をされていたでしょう。でもあの3人がかりでも止めなれなかった個人技 は素晴らしいとしか言いようがありません。』 以下はガゼッタ・デロ・スポルトのインタビュー 君のゴールについてなにか聞かせてくれないか? 『ゴールを決めることは僕の義務だからね。その一つのことが僕やチーム、そしてファンのみんなを喜ば せるんだ。そのためには美しいゴールやラッキーなゴール、そして醜いゴールでもすべて一緒さ。』 2連敗の後でファンはこの1戦に勝つ事を期待していたと思うけど? 『僕らはいつもベストを尽くしているよ。しかしそれがいつも勝ちにつながるとは限らないからね。今回は とにかくポイントを取れた事を良しとして欲しいね。』 アドリアーノがケガで離脱したことによって、よりスペースがあるのでは? 『いやそんなことはないと思うよ。彼がいても同じ事をできるからね。』 次節はホームでのエンポリ戦だけど、3ポイントは取れるんじゃないかな。 『そう言ってくれるとありがたいね。常にそのプレッシャーを感じながらいると心地よいからね。』 ・ |
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1月13日 イタリア |
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1月13日 クライオバ ナヌーも最後の地を求め国内へ 34歳の左サイドバックのナヌーは1999年の7月にラピド・ブカレストからフィテッセに移籍してすでに3シーズンを過ごしていました。そして契約は今シーズンの終了まで残っていましたが、彼は去年の夏からヒザのケガに苦しんでおり、それ以来クラブのスタメン構想から外されていました。 そのナヌーに対してはすでにウニベルシタテア・クライオバが接触しており、彼もまた生まれ育った土地で引退の花道を飾りたいと考えています。 ・ |
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1月12日 ルーマニア バルブが古巣と契約 ![]() 彼の古巣アルジェシュ・ピテシュティがちょうど経験豊富なFWを探しており、バルブも復帰を願っているため現在チームの合同練習に参加しています。 バルブはヌマンシアで3シーズンに渡ってプレーしましたが、常に降格圏内のクラブで昨年は2部に降格していました。国内ではラピドでリーグ優勝する以前にアルジェシュで得点王に輝き、クラブも3位に入ったため注目の的でした。 そして13日、正式に決定したようです。おめでとさん。 ・ |
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1月12日 ブカレスト 若手育成ファクトリー ![]() ヴラド・ムンテアヌのコメント 『私は何度かアヤックスから興味を持たれてたことは知っていましたし、今回トライアルに参加できるチャンスが巡ってきたことはとても喜んでいます。なんとかこのチャンスをモノにしたいものです。すでにアヤックスのキャプテンとしてクラブのスター選手になっているキヴがまさに私のお手本ですね。今朝ロボンツとも話しをしましたが、彼もまたとても歓迎してくれました。』 オビディウ・ペトレのコメント 『私はまだアヤックスの選手達とは話をしていません。まだエージェントとの話し合いの段階ですからね。そして私はキヴやロボンツともそれほど面識があるわけでもないので、まだ電話すらしていません。』 実際、アヤックス側としては守備的MFのペトレと左サイドウイングのムンテアヌをクラブのスタメンにと考えているようです。なぜならクラブには使える守備的MFが1人しか存在せず、またその選手であるチェコ代表のガラセクはすでに30歳であるため若返りを考えているところなのです。アヤックス側はペトレを将来イエロのような選手になる逸材だと評価しています。 一方、左サイドウイングについては何人か選手がいるもののヴィチュヘはすでに33歳であり、じきにクラブを去るだろうと言われており、オランダ代表のシコラはケガで戦線離脱中であるのです。 うまくいけばレンタルですが、二人とも夏までの契約を結ぶことになるでしょう。 ・ |
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1月11日 ブカレスト アヤックス入団トライアルにヴラドが参加 ![]() この件については同紙がアヤックスのテクニカル・ディレクター、レオ・ビーンハッカーに確認済みであり、以下のコメントが得られています。 『確かに本当ですよ。彼は土曜日にこちらに到着することになっています。我々は彼についてはリーグの試合やルーマニアU-21代表の試合でチェック済みですが、本人に会ってもっと知ってみたいのですよ。火曜日までの練習に参加してもらいますが、気に入ったらすぐにでもサインするつもりです。』 ・ |
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1月10日 クライオバ ブンデアのドイツ経験はクライオバに ![]() ブンデアは現在26歳で代表経験はないのですが、3年前ラピドを離れてからドイツやロシアに活躍の場所を求めた異色の選手です。本人もこの経験が低迷しているクラブの助けになるだろうと述べています。 『海外経験から多くのことを学びました。特にドイツでは練習でも試合でもそのパフォーマンスが変わらないのが凄かったですね。プロフェッショナルを感じました。』 ・ |
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1月10日 ブカレスト ドモコシュが中国から帰国 ルーマニアリーグのディナモ・ブカレストはクラブの補強策としてまずヴィオレル・ドモコシュを獲得しました。 ドモコシュは先シーズン所属した中国リーグの雲南紅塔との契約満了に伴い先月、母国に帰国していました。ディナモに入団することになりましたが、賃金は大幅に減りました。それについて『確かに中国では結構な金額を貰っていました。しかしそこでは本当のサッカーというものをしている気が全然しませんでした。練習はよくしていたと思いますが、戦術面においてあまりにも弱いものでした。』 今までルーマニアリーグのウニベルシタテア・クライオバとFCブラショフで70試合5得点を記録していますが、今回のディナモでのデビューも楽しみにしており、『首位のラピドとは10ポイントも離れていますが、我々は優勝を狙っていますし、無理な話でもありません。』とヤル気まんまんのようです。 ・ |
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1月10日 ルーマニア 腐敗に反抗するプルネア ![]() 彼は先月、リーグ選手組合の副代表として選手の賃金未払いのデモ行進を先導し、リーグのドラゴミール会長を公の場で噛み付いていました。ただしこの処分については海外組のスター選手や日本のヨンクマ氏からも不当なものであると反応を受けています。 これでなにかが変わるのでしょうか?変わらなくてはいけませんね。 ・ |
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1月9日 ブカレスト またもや疑惑の死 ルーマニアサッカー界にまた衝撃が走る事件が起こりました。1部リーグのチェアラウル・ピアトラ・ネアムツに所属してた20歳のMFジェル・ダスカルが9日前に急に倒れて昏睡状態が続いた後、今日死亡したのです。 ダスカルは去年の12月30日に両親と家で過ごしていたところ、急に意識不明におちいり病院に担ぎ込まれました。それ以来ずっと心停止を防ぐのがやっとという状態でした。その時の医師の診断では脳内出血ということでしたが、後の精密検査で脳内から有毒物質が見つかっています。 今でも決定的な原因は不明のままですが、薬物の大量摂取によるショック死の可能性が高いです。 ・ |
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1月8日 ブカレスト スンマルテアンはラピドへ ![]() 今シーズン絶好調で海外のビッグクラブへの移籍が噂されていたスンマルテアンは結局国内クラブに留まることになりましたが、ラピドは現在リーグダントツの首位であり、司令塔で10番だったシューマッハーが移籍してしまった後の貴重な戦力として期待されています。 ぜひ優勝を手土産に来期以降の海外進出の足がかりにして欲しいものです。 ・ |
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1月8日 スペイン クライオヴェアヌが2部に残留 ![]() 『確かに会長は延長契約の件を話してくれました。私は入団当初にもしクラブでの状況に不満があればすぐにでも去る用意があると言っていましたが、ここまで過ごしてきて今はクラブの全てを気に入っています。特にチームメイトとの雰囲気は最高です。』 このまま2部で埋もれてしまうのは個人的には悲しいですが、本人が良いクラブ状況に満足しているのであれば見送ってあげたいですね。なぜなら世の中にはシェルバンというつくづくクラブに恵まれていない男もいるのですから。 ・ |
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1月7日 イタリア 懲りない選手獲得策 ![]() ラツィオは先シーズンから言われていたクラブの財政不況が増資により一応解決したことから、チーム力強化のため冬のマーケットで多くの選手の獲得を目論んでいます。 その中にあってコドレアはファーストチョイスと言われています。目下の獲得レースのライバルはレヴァークーゼンとユベントスということになります。 ・ |
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1月7日 UEFA キヴがUEFAベストイレブンにノミネート ![]() ちなみに昨年のベストイレブン受賞メンバーには見事我らがコントラが入っています。 昨年のベストイレブン受賞者はサンチアゴ・カニサレス、コスミン・コントラ、パトリック・アンデルソン、サミ・ヒーピア、ビセンテ・リザラズ、デビッド・ベッカム、パトリック・ビエラ、ジネディーヌ・ジダン、キリー・ゴンザレス、ティエリー・アンリ、ダビッド・トレゼゲになっております。 ・ |
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1月7日 クライオバ 偉大なるキャプテンがクライオバに復帰 ![]() 『私はこのクラブに戻ってくる事ができ、本当に嬉しいのですよ。しかもルーマニアに戻ってからトントン拍子で復帰がきまりましたからね。まさにファンタスティックでしたね。』 ・ |
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1月5日 スペイン イリエの将来はアラベス次第 ![]() しかしながら、イリエがスペイン紙“Marca”のインタビューで答えたところによると契約には変更されるべき点がいくつかあり、クラブとその事について話し合う模様。その詳細についてルーマニアのメディアは彼は支払われている賃金の低さに不満を漏らしていると報じています。その報道についてイリエは次のように述べています。 『ルーマニアメディアが言っている事に対してはコメントしたくないですね。確かな記事もありますが、ほとんどがウソ情報ですからね。彼らは私が今いくら貰っているか知らないはずですよ。今後については私はアラベスに残ることを望んでいますが、こればかりは一人で決められることでもないですし、クラブが決める事なのです。』 現在の移籍市場ではギリシャのオリンピアコスがイリエ獲得を熱望しています。 ・ |
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1月4日 ブカレスト リーグの均衡化はどこ吹く風 ![]() ピトゥは94年にファルルでデビューして以来、スポルツール、ディナモ、ロカル、ウニベルシタテア、オテルルと渡り歩いて昨季はバカウをリーグ6位に躍進させる原動力となっていました。 ・ |
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1月3日 スペイン 息子はスペイン代表候補 ![]() またこれまでスペインクラブで長く過ごしてきたガルカは自身のスペイン市民権を得る考えを持っているようです。実際に3人の子供はスペイン生まれであるし、彼自身もスペインでの暮らしに大変満足しています。 ・ |
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1月3日 スペイン がんばれ、僕らのイリエ! ![]() イリエは最近の試合でもチーム内で勝敗にかかわらず良いパフォーマンスを披露しており、特にその高いボールキープ能力は大変評価されています。バレンシア時代からそのテクニックは他を唸らせるものがあり、コンディションを落としてきたとはいえ、自ら契約延長を勝ち取り復活した姿はルーマニア代表にとっても心強いものになっています。 ・ |
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1月2日 イタリア 構想外のパトラスクが放出候補に ![]() 現在ピアチェンツァは新しい人材としてカリアリのスアゾ、カターニャのブッチ、ペルージャのアモルーゾを狙っており、スタメン構想からはずれているパトラスクはそのトレード要員として使われてしまうようです。 パトラスクは97年にスポルツールでデビューして以来、5シーズンを過ごして昨年はブルガリアのリテックス・ロベチに移籍。その半年後には代表歴のないままでセリエAに挑戦という幸運に恵まれていました。 ・ |
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