Romanian Soccer Today 2002.7
7月23日 フランス

  ステアウアのキャプテンがフランスへ参入

 フランス1部リーグのリールは火曜日に、ステアウアとの契約が満了していたルーマニア代表DFマリウス・アキム・バチウと3年契約を結んだと発表しました。

 バチウは96年にインテル・シビウからステアウアに入団後、6シーズンに渡ってスタメンCBとして君臨して200試合以上に出場。3度のリーグ優勝、2度のカップ戦制覇を経験しています。ルーマニア勢最後のチャンピオンズリーグとなった96/97には4試合出場し、ボルシア・ドルトムント戦では敗れはしたものの、ゴールも決めています。

 リールは皮肉にも週末にルーマニアのグロリア・ビストリツァとのインター・トトカップでの対戦を控えており、これがデビュー戦になるかもしれません。
7月22日 ブカレスト

  イエンクシ、海外への噂

 ラピド・ブカレスト所属のルーマニア代表DFアドリアン・イエンクシはセリエBのレッチェとポルトガルのスポルティング・リスボンからオファーを受けている模様。レッチェは20万ユーロで1年間のレンタルを希望。スポルティングからの詳細はまだ明らかになっていません。

 イエンクシは97年にラピドに移籍してから6シーズンを過ごし、98/99シーズンのリーグ制覇と2度のカップ戦に貢献する偉大なキャプテンで、その堅固なディフェンスは多くのストライカーが口を揃えて言うほどリーグでは屈指との評判を得ています。

 しかし近年はパンクと同様にクラブの給料未払いについて揉めていました。
7月20日 ブカレスト

  ヨルダネスクの憂鬱、主力4選手が浪人生活

 来たる2004欧州選手権予選に向けてルーマニア代表は最高のスタートをすることができるのか?ということについて代表監督のヨルダネスクは頭を抱える状況に陥っています。代表での核を担うとされる4選手がいまだに来シーズンの所属クラブを見つける事が出来ていないからです。

 代表キャプテンのポペスクをはじめ、イリエ、ストイカ、ムトゥは来期の見通しがついておらず、輝かしいキャリアに危機感が迫っています。それでもヨルダネスクは8月21日のギリシャとの親善試合には新しいクラブが見つかっていなくても、この4選手を召集することを明言しています。

 『ルーマニアには多くのトッププレイヤーがいるというわけではないのです。しかし彼らですらこの状況を打開しないとスタメンに名を連ねていくのは厳しくなるでしょう。かつてゲオルゲ・ハジやフローリン・ラドチョウが同じ状況だった時のように助け舟は出しますが、それも限りというものがあります。』

 現在ポペスクは所属のレッチェが降格したことによって自ら離脱。イリエは契約満期によりバレンシアを退団。昇格組のセリエAのコモのオファーを断り、ボローニ率いるスポルティングとの交渉に臨んでいます。

 『確かにこの状況は喜ばしいことではないです。でも悲劇ではないです。今のところセリエAのコモからオファーがありましたが断りました。かつてのレジェンドで元代表監督ボローニ率いるポルトガルチャンピオンのスポルティングと交渉しています。もしだめだったらイタリアに行くことになるかもしれません。』−イリエ

 『焦るにはまだ早いです。経済的理由でオファーを出し渋りしている状況と読んでいます。クラブはギリギリまで待ってできるだけ低い資金で進めたいと思うものです。』−ポペスク

 ストイカは揉めに揉めてアンデルレヒトと契約満了で退団。しかしオファーは絶えないので時間が解決するでしょう。そしてムトゥに関してはヴェローナが降格したことにより、新しいクラブを探していますが、こちらも魅力的な多くのオファーが存在しているため、どれにするか吟味している状態なので心配はないです。
 
7月17日 ティミショアラ

  ゼロから始まるティミショアラ全市民の希望。

 合併と改名により生まれた話題のチーム、ポリテニカAEKティミショアラの新監督としてバサラブ・ニカ・パンドゥルが異例の大抜擢を受けました。彼はまだ33歳で94年W杯のメンバーとして活躍し、オーナーのアントン・ドボシュとはステアウアでチームメイトでした。

 しかし昨シーズンまで現役でFCポルトに所属していたためコーチの経験がありません。当然のことながらコーチライセンスも持ってません。前任コーチのステリアン・ジェルマンのサポートを受けるとしてもベンチから指示することもできないはずなのですがどうなるのでしょうか。

 またGKにはドゥミトル・ストゥンガチウが加入しました。GKコーチを兼任するそうです。
7月15日 ブカレスト

  ロタリウが代表アシスタントに就任

 ルーマニア代表アシスタントコーチのイリエ・スタンはたった5ヶ月で辞任し、UAEのアルシャバブのアシスタントコーチに就任することが決まりました。それにより現代表監督のヨルダネスクは後任として元代表のヨシフ・ロタリウを抜擢することになりました。

 ロタリウはルーマニア1部リーグでポリテニカ・ティミショアラとステアウア・ブカレストに在籍し、265試合出場、64ゴールを記録しています。その後トルコに移り、ガラタサライとバキルコイスポールでも輝かしい活躍を見せました。またロタリウはルーマニア代表として25キャップを記録しており、90年のW杯ではスタメンとして一時代を築いたことは知られています。昨シーズンは2部のFCオラデアのゼネラルマネージャーとポリテニカの監督も務めていました。

 『サッカー人生において一度は代表のために己の力を捧げたいという夢があります。ヨルダネスクと共に仕事をするという私の夢はついに実現しました。私は彼の元で1986年から89年の3シーズンをステアウアに在籍し、すべてのシーズンで優勝するという栄光に輝きました。またヨルダネスクは1989年の欧州チャンピオンズカップの決勝と準決勝でもチャンスを与えてくれたし、当時35歳だった私に98年W杯予選のアイルランド戦を自身の代表引退試合として機会を設けてくれたことも感謝しています。その後も指導者になるためにいろいろ教えてくれた人生の恩人なのです。』
 
7月17日 トルコ

  パンクのベシクタシュ移籍が決定

 ベシクタシュのミルチェア・ルチェスク監督はラピドのルーマニア代表ダニエル・パンクとの移籍の大詰め交渉のためにルーマニアに降り立ち、1年間のレンタル及びその後250万ユーロでの買い取りオプションを締結させました。

 現在ベシクタシュはFWのイルハン・マンシズとアフメト・ドゥルスンがケガでリーグの開幕には間に合わないことが確実で、危機回避のためパンクの得点能力に目をつけていました。パンクはリーグで154試合出場55得点を記録、また代表でも6試合で2得点を決めています。もしその実力が発揮されればシーズン後には正式に買い取ることになるようです。

 『この移籍は私のキャリアにおいてとても重要になるでしょう。私はベシクタシュのようなクラブを夢見ていましたし、特にトルコは2002年W杯において3位という輝かしい成績を残しているレベルの高い国ですから。』

 逆にパンクを失い、新たな新戦力としてオファーしていたヴィジャレアルのゲオルゲ・クライオベアヌとディナモのヴィクトラシュ・ヤコブを取り逃がしたラピドは危機的状況になっています。
7月10日 ブカレスト

  パンクの移籍は未払いボーナス次第

 噂されていたダニエル・パンクのベジクタシュへの移籍がご破算の危険にさらされているようです。ラピドから約束されていたボーナスが支払われるまでは移籍しないとパンクが固持しているからです。

 ベジクタシュはすでに来シーズンのレンタル獲得を40万ユーロで合意しており、オプションで完全移籍にも合意しています。しかしパンクはカップ戦を制したボーナス未払いでは移籍しないとのこと。

 このことについてラピドは次のように述べています。
『パンクは怪我によりあまり出場できなかったため、カップ戦制覇のボーナスには対象にはならないのです。リーグ戦ですら満足に出場してないのに、給料を払っている身なのにそこまで言われる覚えはありません。確かにリーグでの出場数はいくつであれ、契約において全額は保証していました。しかしカップ戦の、しかもそのボーナスまでは保証することはできない。』

 一方、ベジクタシュの監督ミルチェア・ルチェスクはいまだに必死になってパンクを獲得しようとしています。
7月10日 ブカレスト

  イリエにスポルティング入りの噂

 先シーズンで所属のバレンシアから契約終了を言い渡されたルーマニア代表のアドリアン・イリエはボローニが率いるポルトガルの強豪スポルティング・リスボンに入団する可能性が大きくなっています。

 この移籍は去年の夏に1度ボツってます。しかし彼を取り巻く状況が以前とは違うことは彼自身も認めています。『前回はまだバレンシアとの契約が残っている状態でした。しかし今は自由です。そして変わらずスポルティングが私を必要としてくれていることは嬉しいものです。』

 イリエは現在、自身が経営するホテルがある山岳リゾート地のブラショフでトレーニングしています。ときおり地元ブラショフのチームでの練習にも参加しているみたいです。

 ウディネーゼとガラタサライもイリエに興味を示していますが、以前代表でも師事していたボローニのスポルティングを希望しています。
7月10日 ブカレスト

  ルプは語る、腐敗に満ちたブカレストを

 ディナモ・ブカレストに所属していた選手らが“2年前のチャンピオンズリーグの試合前にクラブは選手たちに薬物を与えていた”ということを告発し話題になってます。ダヌーツ・ルプが言うには『ロッカールームはまるでサナトリウムのようだった。』とのことです。

 ルプ以外の同僚は匿名ではありますが、そのうちの一人は『私はその時異常な興奮状態でずっと勃起状態でした。他の選手では笑いが止まらなくなっている状態の者もいました。』

 ちょうど2年前のチャンピオンズリーグ予選ラウンドでのポロニア・ワルシャワ戦前に注射をされたり、錠剤を施されたようです。しかしチームはホームで4-3の敗北に続き、アウェイでも3-1と連敗しています。選手からも逆効果であったと言われていたようです。

 『試合の前は相手チームをカモにできると信じていました。スーパーマンになったかのような恍惚状態でしたから。しかしピッチに立つと開始15分までは絶好調だった選手達の動きが急に落ち始めていました。私はかろうじてどの薬も手につけてはいませんでした。私は試合前にウイスキー2杯ほど飲めばベストな状態にできるということをあらかじめ言っておきましたから。ただし他の選手の多くは“処置”を受け入れていました。』

 それからはずっとこの体質がルーマニアのサッカーを妨げているという疑惑がありました。そしてポロニア・ワルシャワ戦から2ヶ月後、ディナモの25歳のルーマニア代表カタリン・フルダンが親善試合中にピッチで倒れてそのまま死亡してしまうという不可解な事件が起こりました。いまでも原因不明とされています。

 もちろんクラブドクターは薬物に関しては否定しておりますが、疑惑でいっぱいです。

 注:途中で選手としてはあるまじき行為をさらっと言っている面白い発言がありました。わかりやすく色を変えておきましたのでご堪能ください。さすがですね、彼は。
7月9日 ベルギー

  いまだに決まらずストイカの行方

 ベルギーのチーム、クラブ・ブルージュはアンデルレヒト所属のルーマニア代表MFアリン・ストイカのエージェントが『ブルージュはストイカの獲得を狙っている。』と発言したことを非難しています。

 『我々がストイカを狙っているというのはまったくのデマです。彼らの勝手な作り話です。我々は現在ただでさえ多い1軍のメンバーを減らそうとしているところなのです。』

 ストイカは現在、移籍金が発生しないにもかかわらず、新しいクラブを見つけられずにいます。しかし、アンデルレヒトが新しい監督のウーゴ・ブロスを迎えることにより、残留の可能性が大きくなりつつあります。

 『私はストイカについて良く知りません。かつてクラブに対して良くない振る舞いをしたのは良くないことですが、そのことが彼を判断する理由にはなりません。彼自身も心改めてクラブのために精進しようとしていることは聞いています。だから彼を信じてみようと思っています。しかし私一人では決められないことも事実です。』
7月8日 ブカレスト

  往年のデュオ誕生か?

 我らが右サイドバックのダン・ペトレスクが監督就任を噂されているハジと共にナシオナル・ブカレストで国内復帰するのでは?という情報が流れています。

 『またハジと共にできればとても素晴らしいことです。私はまだ受けるかどうか決めていませんが、可能性があることは確かです。前向きに考えて、近日中に結論を出したいと思っています。』

 ペトレスクとハジはエージェントが一緒であり、またフロントのジーノ・ヨルグレスクとは友好関係にあります。しかしナシオナルは経営難を抱えており、ハジを獲得するには困難が付きまといそうです。
7月7日 アムステルダム

  キヴ獲得にレアル・マドリッドが動き出す

 アヤックスのテクニカルディレクターのレオ・ビーンハッカーは本人が残留を希望しているにもかかわらず、注目のクリスティアン・キヴをレアル・マドリッドに売る用意があることを認めてるようです。

 『もしレアルが具体的なオファーと移籍金を払う準備があるならば、私は移籍について話し合おうと思っています。しかしオファーの金額が満たないのであれば合意はしないでしょう。現在、アヤックスに限らずどのチームも金銭的に飢えているのです。』

 キヴはフィジカルにも強く、1対1も問題なし。スピードもあり、強烈なシュートも武器としています。しかし一番凄いのは彼はまだ若いということです。キヴは先シーズン2冠タイトル獲得にもっとも貢献した選手でありますが、いずれクラブを去っていくことはビーンハッカーも認識しています。

 
またキヴには現在ACミランからカハ・カラーゼ+移籍金というオファーが来ています。
7月5日 ブカレスト

  ペトレスクが国内リーグに復帰

 栄光のルーマニア代表の右サイドバックとして有名なダン・ペトレスクは所属するサウサンプトンを去り、母国のルーマニアに戻ってきました。コーチとしてのキャリアを積むためとも言われています。

 34歳のペトレスクはサウサンプトンのフロントとの話し合いで友好的な解決により、1年残っていた契約を解消することになりました。現在まで95キャップを記録しているペトレスクは現在国内の強豪3チームからオファーを受けていて、彼自身もまだプレーすることを望んでいるみたいです。

 『私はサウサンプトンでプレーの機会を失ってから1年を経て、真剣にコーチへの道を考えていました。しかしあと2年は国内で現役を続けていきたいと思っています。国内リーグはそれほどスピーディーではないでしょうが技術的には高いものを持っています。しかし代表についてはわかりません。私は今まで95の代表キャップを経験していて、ぜひとも100の大台に乗りたいと思っていました。もしチャンスがあったなら拒む理由はありませんでした。しかしこの事については嘆いてはいません。いずれマネージメントを学び、いつの日か代表監督までのぼりつめることが現在のはかない願いなのです。』
7月3日 ポルトガル

  ニクラエが復調へ

 ルーマニア代表のストライカー、マリウス・ニクラエはヒザの怪我から回復し、所属チームであるスポルティング・リスボンのトレーニングに戻ってきました。しかしまだスタメンへの道は長そうです。

 『いまだサブメンバーとのごく初歩的なトレーニングに参加してるだけなので復活したとは言い難い状態ではありますが、当時の絶望との恐れもあった状態から見れば嬉しいことには違いないのです。』
7月1日 ブカレスト

  ケガと家族の支え

 ラピド・ブカレスト所属のヨアン・オビディウ・サバウはこれからの家族と過ごす時間を優先するべく、34歳で現役生活にピリオドをうつことを決めたようです。

 サバウはキャリアを通じて常にケガが付きまとう選手でした。ルーマニアの黄金時代に55の代表キャップを経験してるにもかかわらず、彼の唯一のメジャー大会は90年のワールドカップだけなのです。ほとんどが大会直前のケガで棒に振っています。

 『私はもはやブカレストに一人で住むことに疲れました。私の家族は500キロ離れたクルージュに住んでいます。子供らはすでに学校の友達もいますし、その土地が気に入っています。ブカレストに移り住むことは難しいでしょう。また私の体力的に見てもあと1年が限界でしょう。』


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