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5月30日 ブカレスト ピツルカのために 35歳のナヌーはそれまでオランダのクラブ、フィテッセでプレーしていましたが、左足のケガでプレーできずにいたので相互の同意によって1月に契約を解消していました。それから半年間はブカレストでトレーニングをしてすごしていました。約1年間はプレーしていません。 ナヌーは本来、自身のキャリアの最後は故郷であるウニベルシタテア・クライオバでと望んでいて、1月には契約間近までいっていましたが、考え直したようです。そして現在はケガから回復しており、ステアウアからのオファーを受ける事になりました。『私は最終的にステアウアを選びました。ピトゥルカ監督とは特別な関係にあるからです。私は代表に7回選ばれていますが、そもそも5年前にそのデビューのチャンスをくれたのが当時代表監督をしていたピツルカなのです。私は恩返しとしてリーグタイトルとチャンピオンズリーグ出場の力になりたいのです。』 ・ |
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5月29日 ブカレスト![]() 2004年欧州選手権 第6戦ノルウェー戦
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5月27日 ブカレスト 世代交代の波に呑まれてモルドヴァンが引退 ![]() 『もう私は代表とクラブの両立はできないと感じてしまったのです。私はすでにけっこうな年だし、たくさんケガに苦しんできました。さらに今や若い世代の台頭が著しいし、彼らの足音をひしひしと感じます。すでに彼らの時代なのです。私はいままで代表での活躍に満足しています。ハジ、ポペスク、ムンテアヌ、ペトレスク、イリエなど多くの才能ある選手と共にプレーできたことにも満足しています。』 彼は以前にもボスニア戦前に代表引退をほのめかしていましたが、復帰して2ゴールあげていました。最後に彼に自分の後継者として注目しているプレイヤーについて聞いたところ彼はラピドのフローリン・ブラトゥの名を挙げました。 『ブラトゥは好きな選手ですね。スピードもテクニックもありその才能は抜きん出ていますね。彼を見るとオーゼールのフランス代表ジブリル・シセを思い出します。同じぐらいの才能があると思います。将来が楽しみですよ。』 ・ |
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5月27日 ブカレスト ラドゥカヌとスペインの道 ![]() ラドゥカヌは2週間前にFIFAマネージャーのティベリウ・ボルダスと契約を結び、その彼がスペインの複数のクラブにラドゥカヌのハイライト・ビデオを送ったところ、バジャドリッドが興味を示してきたようです。そして最近になって彼はステアウアのオーナーのジジ・ベカリに正式なオファーがあることを報告しました。公式な情報によると120万ドルがステアウアにサラリーとして30万ドルが提示されています。 バジャドリッド側は木曜か金曜に獲得交渉をするためにブカレスト入りするらしいです。 ・ |
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5月24日 ブカレスト ラピドが狙うかつてのスター選手 ![]() オーナーのゲオルゲ・コポスが言うようにあくまで第1の目標は近年ルーマニアクラブが沈黙しているチャンピオンズリーグでの名声であり、そのためにはこの若いチームには少なくともあと3人の経験豊富な選手が必要であるとレドニク監督も述べております。 現在のターゲットはナント所属のヴィオレル・モルドヴァン、ザンクトガレン所属のイオネル・ガネ、アカデミカ所属のルチアン・マリネスクだそうです。この3選手は今期で契約が終了するので、ラピド側からは各選手のサラリーだけで獲得できるというのが大きな利点です。またディナモのイオネル・ダンチレスクも狙っており、彼に対しては35万ドルで獲得できるだろうとすでに公式に述べています。 ・ |
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5月24日 イタリア ムトゥがベストイレブンに選出 セリエAのシーズンが終了し、Datasportでは今季の年間ドリームチームを以下のように選出しましたた。11人の選出はDatasport独自のデータバンクによる選手の平均採点に基づいています。
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5月25日 イタリア セリエA 第34節 エンポリ 0-2 パルマ ![]() エンポリはGKにカッサーノを起用し、中盤ではグリエーコのポジションにパドインが入った。ツートップはロッキとタヴァーノ。パルマの布陣は試合前の予想通りで、中田ではなくロジーナが4-4-2の中盤の右サイドに入った。前線にはアドリアーノとムトゥ。 このプランデッリの選択は効を奏したようで、17分にはロジーナがドリブルで2人をかわしてエリア内に侵入し、そのこぼれ球を拾ったムトゥが至近距離からゴールを決めて均衡を破った。その少し前にはカッペッリーニのエリア外からのシュートがフレイの手を温める場面もあった。その後試合のリズムはすっかり停滞し、不正確なパスや個人プレーばかりが見られるようになった。前線と中盤を繋ぐ役割を担うべきカッペッリーニも試合を作ることができず、エンポリはブーシェだけが攻撃の起点になっていた。 33分にはムトゥのコーナーキックが直接ゴールの枠を叩く。これをきっかけに選手たちは目を覚ましたようで、その後1分ほどのうちにアドリアーノのシュート2本をカッサーノがファインセーブで止め、逆にエンポリはブーシェの強烈な左足ミドルをフレイが小さく弾いたところにロッキが詰めたが、決められなかった。続いてフィチーニのシュートがフレイに難なくセーブされたのを最後に試合はハーフタイムに突入。パルマはムトゥに代えモンターニョを投入して4-5-1のシステムにしたが、それでスペクタクルになるとも思えなかった。 後半はすっかり夏休み気分が見え見えで、特筆するような場面は何も無く、選手交代は信じられないほどゆっくりと行われていた。他のスタジアムから届く途中経過もパルマを焦らせるようなものではなく、早くも残り20分頃からはグラウンドの外側にファンが大勢集まり始めた。 カッペッリーニに代わってヴァンヌッキが入ったことでエンポリの攻撃はやや危険性が増し、ロッキが2度ほどシュートを放ったが、フレイは落ち着いて対処していた。終了間際にはアドリアーノからのこぼれ球をフィリッピーニが決めてパルマが追加点を奪った。 試合が終わると当然のように観客がグラウンドになだれ込んできた。パルマにとってはこれで13年連続の欧州カップ出場権獲得。エンポリにとっては残留にふさわしい戦いができたシーズンだったが、バルディーニのいなくなる来季は未知数となる。 ・ |
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5月25日 イタリア 嗚呼、輝かしきかなムトゥの行方 ![]() 今期これまで17ゴールとセリエA外国人選手ではトップに立っているムトゥの所属するパルマは現在最終節を残してウディネーゼとUEFAカップ圏内の6位のポジションを同ポイントで争っています。このまま終わった場合はプレーオフに突入することになります。 『私はパルマで快適に過ごしています。できれば長くいたいものですね。だから私の将来については今は何も話したくありません。UEFAカップ出場というのはすごい魅力を感じますが、もし達成できなかったとしても今シーズンの出来には満足しています。我々は多くのスター選手を放出しておきながらここまでの成績を残せたのですから。』 ムトゥはパートナーのアドリアーノとクラブの2トップの総得点の記録を更新するほど活躍を見せましたが、そのアドリアーノのパスはインテルとの共同保有であり、来期にはインテルに復帰するのではという噂が囁かれています。またムトゥも他のビッグクラブからのオファーが殺到している状態なのです。 『もしパルマが私を放出するとしたならできればバルセロナでプレーしたいですね。私が子供の頃から好きなクラブですし、なんといってもハジがプレーしたクラブですからね。』 ・ |
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5月23日 ブカレスト ヨアン・サバウが現役引退 フェアプレー精神で名声を得てきたこの35歳のプレイヤーはいままでルーマニア、オランダ、イタリアそして代表で与えてきた夢の物語の幕を閉じる事を決めたようです。『私の旅路はここで終わります。多くの満足、そして失望も経験してきました。また多くの国で独自の文化や伝統を学ぶ事もできました。おかげで紆余曲折を経て20年間をエネルギッシュに過ごす事になりましたのも良い思い出です。でも物事には始めがあるように終わりもあるのです。』 彼は1985年に国内のウニベルシタテア・クルージュでそのキャリアをスタートさせて3シーズン過ごした後、1988年に強豪ディナモ・ブカレストに移籍して自身初のリーグ制覇を経験。2年後には民主化の流れに乗って、ハジ、ラカトシュ、ラドチョウら他の選手と同様に海外へ進出しました。まず90年にオランダのフェイエノールトへ移り2年連続で国内カップ制覇。1992年には同郷のルチェスク監督率いるイタリア・セリエAのブレシアでハジ、ラドチョウらとルーマニア・トライアングルを形成しました。96/97のレッジアーナを経て98年には国内に戻りラピド・ブカレストと契約し、ここで自身2度目のリーグ制覇に貢献。01/02シーズンにはウニベルシタテア・クルージュへレンタル移籍して見事1部昇格の原動力となりました。今シーズンはまたラピドに復帰して3度目のリーグ・タイトルを獲得していました。 また代表では黄金時代のレギュラーとして永らく活躍してきました。しかし主要大会前のケガにより本選に出場したのは90年ワールドカップだけでした。2002年ワールドカップ予選でハジが監督に就任してからは久々にスタメンに召集されただけに惜しいことでした。 ・ |
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5月23日 ブカレスト ギオアネの反乱 チェルナトはケガからの回復も順調でクラブでもすでに試合に出場しており左サイドもカバーできる能力は上だと評価されていますが、キエフのミハイリチェンコ監督に常時使われてはおらず、ストイカの今シーズンのコンスタントな活躍を選んだみたいです。もう一つの理由はスピード、技術など司令塔としてのずばぬけた才能でステアウアの中で異彩をはなっていたマリアン・アリウツァの存在だと言われています。実際にヨルダネスク監督も以前に『これ以上放っておくわけにはいかないでしょう。近々召集するつもりでいます。』とのコメントを残しています。 もう一人注目すべきはディナモ・キエフのティベリウ・ギオアネが呼ばれなかったことでしょう。このことにはいろいろあり、まず前回のデンマーク戦で召集されていたにもかかわらず直前でU-21のデンマーク戦のメンバーに送られてA試合も大敗してしまったことに納得いかず、ルーマニアサッカー協会に「ヨルダネスクが監督である限り代表召集には応じない」との文書を送っていたことです。ヨルダネスク監督の説明によれば、ギオアネは最近クラブで十分にプレーしていないからA代表には召集しなかったとのこと。実際に最近ギオアネはキエフでスタメンには名を連ねていません。しかしU-21の欧州選手権ボスニア戦とノルウェー戦には今回も召集されています。 ・ |
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5月23日 ブカレスト![]() 2004年欧州選手権 第6戦ノルウェー戦
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5月20日 ドイツ ポペスク 今季で完全撤退 ![]() 『もうトレーニングが辛く長いものに感じてきてしまったのです。納得いくプレーができないのにそのためにリスクや金を受けるのはもっともではないと思うのです。』−ポペスク談 ポペスクはクラブではバルセロナのカップ・ウィナーズ・カップ制覇とガラタサライのUEFAカップ制覇がキャリアのハイライトで、代表では115キャップを記録していてワールドカップ3回(90、94、98)、欧州選手権2回(96、2000)に出場しました。ハジと共にルーマニアが誇る世界的なプレイヤーでした。 ・ |
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5月18日 ポルトガル 神の試練は続く ![]() ポルトガルリーグのCDナシオナル戦でのこのケガにより当初は少なくとも4週間は離脱と思われていましたが、医師によれば手術が必要なレベルで2、3ヵ月はかかるだろうとのことです。 ニクラエは2001年にディナモ・ブカレストからスポルティングに移籍してからは度重なるケガに悩まされています。特にヒザのケガは重大で6ヵ月間プレーできなかった時もありました。その後も今回と同じ部位を何度か軽くぶり返しています。 ・ |
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5月14日 ビストリツァ スンマルテアンはセリエAへ? ![]() 先週のラピドとの対戦にもサンプドリア側のスカウト、ワルター・サバチーニが観戦にきておりナシオナル戦に続き2戦連続で細かくチェックされています。実際その試合ではスンマルテアンの出来は良くありませんでしたが、交渉はすでに行われているようです。また同クラブのユース代表選手で19歳のラズヴァン・ラドゥも同様にサンプドリアのリストに載っているようです。 ・ |
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5月14日 ブカレスト![]() 2004年欧州選手権 第6戦ノルウェー戦
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5月11日 イタリア セリエA 第32節 インテル 1-1 パルマ ![]() クーペル監督の目標は完全にスクデットからチャンピオンズリーグに移ったようで前線からマルティンス、カロン、ビバス、グーリー、ダルマといった面々が先発出場している。一方ヨーロッパ大会出場を目指すパルマはムトゥとアドリアーノの2トップにボネーラ、パオロ・カンナヴァーロ、フェラーリの3バック、中盤ではラムシに替わりブリーギが先発している。 サン・シーロ競技場に詰め掛けた観客はインテルの攻勢に熱狂する。3分にはカロンが早速シュートを放ったが、これはゴールの脇に外れた。試合は本当に白熱したものとなり、守勢に回ったパルマはカウンターを中心に反撃を試みるが、最初に決定機を掴んだのは守勢に回っていたそのパルマだった。 パルマは12分に得たFKのチャンスでムトゥが強烈なシュートを放ったが、これは僅かにゴールバーの上に外れてしまった。その1分後、またもムトゥがゴールに近づく。インテルのエリア内でビバスをかわしたムトゥはそこからシュートを放つが今度はゴールの脇に僅かに外してしまう。 20分、ジュニオールのCKに中田がヘディングで合わせるが、これはGKトルドに弾かれる。 その直後、今度はパオロ・カンナヴァーロが前線のアドリアーノにロングボールを送る。これはオフサイドギリギリであったが、そこから抜け出したアドリアーノはループシュートでトルドをかわした。しかしボールはゴールバーに弾かれネットを揺らす事はなった。 24分、インテルが反撃に出る。コンセイソンの正確なクロスを若手FWマルティンスが軽く触れ軌道修正。あわやゴールかと思われたこのシュートだが、GKフレイが辛うじてCKに逃れている。 パルマの3バックが上手く機能しているのとは対照的に、インテル守備陣はアドリアーノの運動能力に手を焼かされる。しかしそこはクリスティアーノ・ザネッティが上手く援護し最終ラインで踏み留まる。 37分、インテルに得点が生まれる。オフサイドラインの裏を突いたカロンがGKフレイを射抜くシュートを決めインテルが先制する。 パルマは41分にフィリッピーニがロングシュートからゴールを狙うがこれはノーゴール。44分にはコンセイソンのロングパスからマルティンスが抜け出すが、元インテルのGKフレイがシュートを足で止め難を乗り切る。 前半はこのまま終了。終盤のプレーの質ではパルマがインテルを上回ったが、リードを奪ったのはカロンがゴールを挙げたインテルだった。 後半、グーリーのポストにJ.サネッティが投入される。インテルはサイドで主導権を得たが、パルマも譲らず試合は打ち合いとなった。 52分、パルマはフィリッピーニがロングシュートを放つがガマーラがこれを弾きCKに逃 れる。 61分、コンセイソンのパスからマルティンスがエリア内に切り込み対角にシュートを放つが、入ったと思われたこのシュートはゴールポストの内側に当たり弾かれてしまう。 「ゴールを逃せばゴールを奪われる」 このサッカーの格言はこの試合でも証明された。 64分にアドリアーノがインテルのペナルティエリア内に侵入すると、そこからの折り返しを受けたムトゥがゴールを決めた。パルマが同点に追いつく。 その1分後、インテルはカロンが対角にシュートを放つが、これはGKフレイに防がれている。 午後のサン・シーロ競技場は観客も一体となって熱狂に包まれるがその中心にいたのはインテルのマルティンスとパルマのムトゥだった。後半も半ばを過ぎるとゴールチャンスの和が半減したが、それでも試合自体は白熱したものとなった。 87分、インテルはまたもゴールバーに感謝する事になる。中田のCKをボネーラがヘディングでしっかりと捕らえたが、これもバーに弾かれたのだ。 ロスタイムは5分取られたがその間にゴールが生まれる事はなく、他会場でユベントスがペルージャ相手に引き分けたためにインテルが優勝する可能性はついにゼロとなった。ユベントスが昨季に続きイタリア王者に輝いている。 ・ |
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5月8日 フランス ケガと追憶の日々 ![]() モルドヴァンは昨シーズンはベテランとしてナントのリーグ制覇に多いに貢献しましたが、今期は慢性的なケガにより少ししかプレーできていませんでした。 ・ |
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5月8日 ブカレスト ラピドのブラトゥへフランスからラブコール ![]() 実際にこの試合にもそれぞれのクラブからスカウトが来ており、さらに好感触を与えました。そしてイタリアの強豪インテルからもスカウトが観戦に来ていたようですが、こちらはチームメイトのラズヴァン・ラツのプレーを見るのが目的だったようです。ちなみにこのインテルとアヤックスからは一年前から具体的なオファーが届いています。 ・ |
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5月4日 イタリア セリエA 第31節 パルマ 1-2 ボローニャ ![]() パルマがこのボローニャ戦に勝っていれば、現在ラツィオが位置しているチャンピオ ンズリーグへの最後の枠に接近する事が出来たが残念ながらそのチャンスを逸してし まった。そのラツィオはユベントスと引き分け勝点1を獲得しただけであった。 パルマは回復が間に合わなかったラムシの代わりにブリーギが先発し、ブラジル代表 としてメキシコ戦に出場したアドリアーノはコンディション不良からジラルディーノ にポジションを譲っている。 ボローニャは試合開始直後からメグニがキレのあるプレイを見せ、ヴァノーリが出場 停止で欠場した左サイドではパラマッティが活躍した。中盤中央ではファルコーネと カステッリーニがチームを牽引した。 試合は酷暑の中、両チームが狭いペースで凌ぎを削った。暑さからか選手の動きは鈍 かったが、そんな中、カルドーネとメグニが衝突、両者共に頭を強打する。2選手 共に重傷ではなかったが両チームの監督は頭を強打した彼らを下げる決断を下し、代 わりにピエリーニとフラーラを投入している。 前半終了間際、パルマはボローニャの攻撃に晒される。シニョーリのシュートはGKフ レイが何とか防ぎ、ザッカルドが放ったシュートはジュニオールが跳ね返した。 後半、10分過ぎにプランデッリ監督(パルマ)が動く。中田に代えアドリアーノを投 入したのだ。一方、グイドリン監督(ボローニャ)も負傷を負ったクルスに代えロカ テッリを送り込んでいる。 この日、シニョーリは絶好調だった。シニョーリはパルマゴール前に走り込んだパラマッティにラストパスを送り、これを受けたパラマッティは正確な左足のシュートで GKフレイを射抜いている。ボローニャが先制。 この直後、パルマはムトゥのFKで同点に追いついた。 ボローニャはこの後、シニョーリがロカテッリにパスを通し、ロカテッリは右足で しっかりとこれをパルマゴールに押し込んだ。この一連のプレイではフィオレン ティーナから移籍してきていたDFピエリーニ(パルマ)がミスを犯し得点が生まれて いる。 守りに入るボローニャに対しパルマは攻撃に出るが、ムトゥとフィリピーニのシュー トはGKパリューカに阻まれている。終盤には88分にアドリアーノがシュートを放った がこれはゴールポストを直撃し、ロスタイムに放ったシュートもゴールの脇に外れ た。 ・ |
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