Romanian Soccer Today 2009.4
4月29日 ブカレスト

  ルーマニア代表新監督が決定

 このたびめでたくルーマニア代表の新監督としてラズヴァン・ルチェスクが任命されました。

 ラズヴァンは歴代の中でも2番目に若い40歳での就任となりましたが、1番の記録は1981年に就任したラズヴァンの父親であるミルチェア・ルチェスクであります。その後ミルチェアが当時の目標であった1984年の欧州選手権出場を果たしているのと同様に、ラズヴァンは3年後の2012年欧州選手権に目標を絞って動き出すことになります。

 ラズヴァンは選手としては主にスポルツール・スツデンテスクとラピド・ブカレストのGKとしてプレーし、2003年にタイトルを経験。翌年にはブラショフでコーチキャリアを開始し、ラピドを率いた05/06シーズンのUEFAカップでは多くのドイツ勢を打ち破りベスト8にまで進出しています。2007年には2部のブラショフに復帰してすぐさま1部昇格へと導きました。現在は十分な戦力でもないにもかかわらずリーグ8位につけており、UEFAカップ枠を虎視眈々と狙っています。

 また彼自身については24時間サッカーの事を考えていると揶揄されるほどの勤勉家で、オフシーズンでも各国ビッグクラブの名監督たちのもとにコーチング修行することを欠かさず、不十分な戦力でも戦える集団にできる柔軟さ、またクラブを変えても「彼のためなら」と多くの選手が慕ってくるその人格はまさに理想的と言われています。唯一と言われている経験値についても若いというだけで、UEFA等の試合は十分に経験しており、またクラブでの栄光ではルーマニア随一の父親の存在もプラス材料として扱われることでしょう。

 今回の決定においては各選手やクラブ監督からの評価は口をそろえてポジティブなもので、多くはベストの人選だと讃えております。しかしポペスクの存在がちょっとひっかかるものでした。2択となった国民アンケートでは圧倒的に大差でハジに勝っていたものの、その擁護として発言していたポペスクの主張はあいかわらずハジのプレイヤーとしての絶対的な実績のみを強調するだけで、監督としての失態や精神的未熟さにはけっして触れないということ。義兄としてサポートしたい気持ちとハジを推すことで黄金時代の同期としてクローズアップされる過去の美化しか考えていないようにも見えてしまいます。ハジとペトレスクを推していたようですが、ペトレスクは資質としては申し分ないのでその主張は十分なものと受け取ることができますが、なにぶんハジへの評価の仕方がただその一派としての盲目さだけが強烈に残るためペトレスクについて熱弁をふるっても結局は黄金期のつながりという点でしか見えなくなってしまうのが残念でした。たとえば黄金期と現代のメンバーについての比較等であれば主張できる部分はあります。ただし今回は監督としての人選であるので、そこで選手時代の評価をそっくり持ってこられても困る。しょせん論点をすり替えているにすぎない。ましてや監督としては多くの失敗を残し、成功例が少ない人物を推すことがどれほど醜いことかそろそろ気づいてほしい。私としては黄金期の選手はみんな大好きな選手。ましてやハジやポペスクに関してはムトゥやキヴなど比べ物にならないほどの別格。変な方向に向かってしまわないで欲しい。

 とにかくピツルカ以外だったら誰でもいいと思っていたので、理想的な人選には満足しています。ピツルカのように偏った思考さえなければ、適切な人材は召集されるだろうし、ある程度の戦術的なマイナス材料も選手だけでカバーできる範囲なので。まずはギオアネが使えるというのが大きいです。他の候補としてはトルジェ、ラザール、アレクサ、ブクルなんがが重宝されるでしょう。あとはコントラ、F・ペトレ、コステアの見切り、コチシュのサブ降格も英断されるべき。たとえ勝てなくてもあれほどまでに監督に責任が集中することはないかと。やるべきことをやって負けるならある程度は選手にも矛先がいくだろうし、ただ弱いのだと認識させられるだけかなと。ピツルカみたいに勝てる人材がそろっているのに召集しないとか、プライドのために他からのよりよい策を取らないとかはないでしょうから。
4月10日 ブカレスト

  栄光への審判が開始

 ピツルカ解任により、ポジティブな未来へ進み始めたルーマニア代表は次期監督としてのリストアップ作業に余念がないようです。

 現在のポールポジションはご存知ミルチェア・ルチェスク。かつて84年欧州選手権でルーマニア代表を率いたことや、後々のイタリア、トルコでのクラブレベルでの数々の栄光を掴んだ第一人者で、現在率いているウクライナのシャフタル・ドネツクでも毎年のごとくディナモ・キエフとリーグ優勝を争っています。

 そして2番手にはミルチェアの息子である現ブラショフ監督のラズヴァン・ルチェスクが有力と言われている模様。無名の選手からラピドを率いてUEFAカップのベスト8にまで上り詰めた努力の青年監督で、その研究熱心さと風貌からルーマニアのモウリーニョと言われています。実際には代表監督を率いるまでの知名度といえばまだ早いと判断される部分もありますが、モチベーションを上げる統率力と選手から慕われる人格、そしてビッグクラブ経験はないもののその堅実さが評価されています。俗物に染まっていないという点で現在のルーマニア代表に最も必要な人物と言われています。

 あとは様々な利権の絡みからハジを推すサンドゥ会長をはじめ、ペトレスク、アンドネ、ボローニ、オラロユ等の名が挙がっています。本当に真っ白な気持ちで客観的に挙げよというのであれば、ルチェスク親子が選ばれることが妥当なのは明らか。黒い世界に包まれたルーマニアサッカー界がいま試されようとしています。
4月9日 ブカレスト

  ピツルカ解任

 本日、ルーマニアサッカー協会の会合が行われ、ようやく正式にヴィクトル・ピツルカの代表監督解任が発表されました。

 ここまで今予選で出だしからつまずきの連続でしたが、ついにセルビアとオーストリアとの2連敗で2010年のワールドカップ本戦を逃すことが決定的となり、もはや避けられない事実となっていました。

 本来ならば監督自身が辞任の決断をすべきものでしたが、知られているように頑固一徹。こんなことになるとは微塵にも思っていなかった協会も2008年の本戦後に将来の期待も含めて契約延長を結んでしまったため、今回の解任には60万ユーロがピツルカに支払われることになります。代表が壊れ続けることにもまったく気にせず、辞任することで失われる違約金はついに、解任というカードが出てくるまで粘ったピツルカの元に転がり込むことになったようです。良かったね。その金を持って遠くに行ってください。いちおう言っておきます。ありがとうございました、1年前のピツルカ殿へ。
4月1日 クラーゲンフルト

  歴史的にも恥ずかしい監督の公式発言

 オーストリア戦を終えて公式会見でのピツルカに対しては、この試合のこと以上に自身の進退についての質問が集中した模様。

 『まだ数字的にチャンスがあるかどうかは、いずれわかること。それが私の契約条項の全てだ。協会との契約を遵守することがメインで私にとっては個人的な目標はない。どんな状況でも辞任という決断はない。誰も私を辞任に追い込むことはできない。ここまで全てのメディアやサポーターは8年ぶりにこのルーマニア代表に大舞台を押し上げた代表監督に対してのリスペクトに欠けている。つねに公に発することはあら捜しして責めることばかりである。私こそがヴィクトル・ピツルカだ。それを決して忘れないことだ。私は4、5回ハイレベルの大会でプレーし、3回ルーマニアのチームを予選突破に導いた。このような仕打ちを受けることが信じられないし、それに値する人物ではない。ここまでのメディアの仕打ちやウソが選手たちに影響して、集中力の欠如に繋がったのは言うまでもない。これが選手たちが力を発揮できなかった理由である。』

 いままで私自身も各国の代表やクラブで言い訳、責任転嫁など見てきましたが、ここまで自身の保身に徹した発言は聞いたことがありません。ましてやこの言い回しについては言葉もありません。いま思うことは規律と言う言葉で一度は立て直したものの、ここまでこの人物に率いられた代表というものを見ていたことが恥ずかしくすら思えてきます。自身の2008の栄光を語るも、2006と2010を逃した事実はまったくないのは、さすが今までと同じようにバツが悪い部分には触れないということです。この会見でチーム自身への厳しい状況から彼自身の根底部分の人格が露呈したことにより決定的となり、ありがたいことにもう代表を率いることは困難になりました。このままでは代表=忌まわしきものとして位置づけられるでしょう。

 すでに本人もこの逆ギレ会見で解任すら望んでいるでしょう。ただプライドで辞任することができないだけです。もともと80年代の世界的ステアウアでプライドの高いエースとして君臨しながらも、初の得点王のチャンスの84/85、85/86シーズンにはスポルツール所属のゲオルゲ・ハジにギリギリの差で2連連続で得点王を奪取されれ、累積で決勝の舞台には立てなかったが、チャンピオンズカップを制した翌年には3位のハジを上回る得点を決めるも結局2位。シーズン後にはステアウアに加入してきたハジがスーパーカップで決勝点を決めたことでステアウアのヒーローを奪われる。翌年にはハジより9ゴール多く決めて念願の得点王に輝いたが、すでに司令塔としてゴールも25点を記録したハジがチームの核として君臨。翌年の88/89には得点数でもハジに劣った。そしてその後、自身はフランスの2部に渡りひっそりと引退する一方でハジはレアルやバルセロナを筆頭に栄華を味わい、代表でもレジェンドのハジに対してピツルカは13試合しか出場していない。もともと厳格であったピツルカのひねくれ具合はこのような経験でさらに悪化したと思われます。

 また98年W杯後に監督に就任するも2000年欧州選手権予選で代表復帰したハジやポペスク、ペトレスクらと関係を悪化させ本戦前に去ったのも有名な話でありますが、協会のドン、ミルチェア・サンドゥとは仲が良いとされているため、欲深いサンドゥが自分を守るか、代表を守るかの決定にかかっています。もはや解任しかないのは誰もが知るところですが、代表全体の利益と自身の利益とが同じレベルの会長のため事態が深刻化しているのです。

 ただ一つ、規律によってヨルダネスク政権のぬるま湯を改革してくれたのは感謝しています。そして2008年予選の戦いでは召集選手の是非は批難されるものでしたが、結果は立派なものでした。ただしもう変わるべき時が来ているのを感じてください。いいかげん。
4月1日 リオ・マイヨール

  国際親善試合(非Aマッチ)

ポルトガルB代表戦

  
負けの中でラザールの存在はあいかわらず上昇。新監督でA代表に定着でしょう

ファルル・スタディオン
ポルトガルB代表 2 10 0 ルーマニアB代表
10
エリセウ・ペレイラ
ヤニック・ジャロ
24
88
モレイラ
(85分 ルイ・パトリシオ)
ジョアン・ペレイラ
(55分 セレーノ)
マヌエル・ダ・コスタ
(55分 モレノ)
ヌーノ・コエリョ
ジョゼ・ゴンサウヴェス
(37分 アンドレ・マルケス)
ペレ
ルベン・アモリム
ルベン・ミカエル
(66分 アマウリ・ビスチョフ)
エリセウ・ペレイラ
ヴァレラ
ディオゴ・ヴァレンテ
(66分 ヤニック・ジャロ)
GKGK

DFDF
DFDF
DFDF
MFMF
MFMF
MFMF
MFMF
MFMF
FWFW
FWFW
FWFW
FWFW
FWFW
チプリアン・タタルシャヌ
(68分 コスミン・ヴトカ)
オヴィディウ・ダナナエ
(78分 ヨヌーツ・ヴォイク)
オクタヴィアン・アブルダン
コスミン・モツィ
ヤスミン・ラトフレヴィッチ
(78分 スルジャン・ルキン)
アレクサンドル・クルテアン
(46分 イリエ・ヨルダケ)
オヴィディウ・ヘレア
コスティン・ラザール
アンドレイ・プレペリツァ
(61分 アレクサンドル・パクラル)
ダチアン・ヴァルガ
(46分  ティベリウ・バラン)
ボグダン・スタンク
(68分 ミハイ・ディナ)
カルロス・ケイロス 監督 ヴァレリウ・ラキツァ
4-3-3フォーメーション 4-4-2フォーメーション
警告
マヌエル・ダ・コスタ オクタヴィアン・アブルダン

プレイバック・オブ・ザ・ゲーム

 A代表がオーストリアと戦っている間、こちらはフル代表当落線上の選手と有望若手のミックスでB代表としてポルトガルの同じくB代表と親善試合を行いました。

 共にここでの活躍が昇格への足がかりとなるため、アグレッシブに試合を展開しましたが、いちいち選手の交代で時間が止められたためか、流れとしてはスローなテンプが否めなかったようです。

 試合はルーマニアの中盤が支配するも、ビッグクラブからもオファーの絶えないダ・コスタを中心としたポルトガルDF陣が決定機を作らせなかったため、得点を奪えず。またポルトガルからのシュートの雨を許してしまったモツィ達は高い評価を得られなかったようです。

 シュートを何度も防いだタタルシャヌと中盤を引き締めたラザールが好評価の7、バラン、プレペリツァ、ヘレア、スタンクが6点とされています。それにしても国内ナンバー1守備的MFと評価されるラザールを毎回のごとく戦力視せず、今回もそのポジションで人材不足に陥っているフル代表の監督はさすがです。

 一度でも己の性格に合わないことや、好みと違う選手はいくら活躍しても機会を与えないのでラザールもピツルカ政権では出番無しでしょう。ギオアネ、ヴラド・ムンテアヌ、そしてオガラル、サプナル、シュテファン・ラドゥもそれほどキャップは伸びないでしょう。

4月1日 クラーゲンフルト

  2010年W杯 欧州予選グループ7 第5戦

オーストリア戦

  
 前回セルビア戦での窮地のすぐ後の試合で、奮起どころか惨敗。そして5試合のこして敗退決定

ヴェルターゼー・スタディオン

オーストリア 2 21 1 ルーマニア
00

エルウィン・ホッファー
エルウィン・ホッファー
24
25
44
クリスティアン・タナーセ
ミヒャエル・グスプルニング
フランツ・シーマー
セバスティアン・プレードル
エマニュエル・ポガテツ
マニュエル・オルトレヒナー
マルコ・アルナウトヴィッチ
(69分 ウミト・コルクマズ)
ヤシン・ペフリヴァン
パウル・シャルナー
ダニエル・バイヒラー
(76分 アンドレアス・ヘルズル)
エルウィン・ホッファー
(54分 ルビン・オコティー)
シュテファン・マイアーホッファー
GKGK
DFDF
DFDF
DFDF
MFMF
MFMF
MFMF
MFMF
FWFW
FWFW
FWFW
FWFW
FWFW
ボグダン・ロボンツ
コスミン・コントラ
ガブリエル・タマシュ
ドリン・ゴイアン
ラズヴァン・ラツ
ラズヴァン・コチシュ
ミレル・ラドイ
(46分 ドレル・ストイカ)
クリスティアン・タナーセ

バネル・ニコリツァ
(84分 マクシミリアン・ニク)
チプリアン・マリカ
ゲオルゲ・ブクル

(67分 マリウス・ニクラエ)
ディトマール・コンスタンティーニ 監督 ヴィクトル・ピツルカ
4-4-2フォーメーション 4-3-3フォーメーション
警告
ゼバスティアン・プレードル
エマニュエル・ポガテツ


パウル・シャルナー
10
45

49
59


チプリアン・マリカ(1枚目)
ベンチ
ユルゲン・マチョ
アンドレアス・ウルマー
アンドレアス・ドーバー
/・ コステル・パンティリモン
クリスティアン・サプナル
オヴィディウ・ペトレ
パウル・コドレア

プレイバック・オブ・ザ・ゲーム

 前回のセルビア戦の敗北で現実的に巻き返すには奇跡も必要になってきたルーマニア代表は格下とみなされながら、この予選においてフランスにドローを演じているオーストリア戦を奇跡の5勝1分ロードに向けて幸先のいい一歩として記すために並々ならぬ思いで臨んだ。ここまでホームで8失点と凋落していたDF陣にはキヴが欠けているものの、ゴイアンが復帰してとりあえずは安泰。しかしタマシュとゴイアンのペアで大量失点してきた事実も残る中で、今度は攻撃の核であるムトゥが離脱。今まで活躍をみせてなくここまでピツルカの固執で使い続けてきたコステアの累積出場停止は逆にいいとして、これで両翼が不在となり、前回帰化させながら起用しなかったニクを出場させる舞台が整った。しかしこれまでのメディアの強烈なあおりのため、また選手の能力とは関係なく、自身の意固地のためにニクを出場させないという本来監督としての器に欠ける行為に徹するだろうという予想の通り、攻撃的に行くべきこの試合でスタメンを飾ったのは右に守備よりのニコリツァを、左には適正でニクに大きく劣るブクルを起用した。もはや代表のため、選手のためというより、自身の対メディアへのプライドを賭けた監督に率いられたルーマニア代表は奇跡を起こすどころの状態ではなかった。

 一方、オーストリアのコンスタンティーニ監督は欧州選手権でも評判だった主将のイバンシュイッツをスタメンから外し、代表デビューとなる国内リーグのダニエル・バイヒラーとヤシン・ペフリヴァンの2選手を起用。メンバーを大幅に変更してきた。スタメンで言えばチームの生命線であり、堅守として知られるCBのポガテツとプレードルこそ残しはしたが、GKを含め1キャップが2人、他の5キャップ以下は3人でかろうじてシャルナーとホッファーは2ケタに乗せているが、セッターバックの2人以外は代表ゴール無しという不安なスタメンで、すでにこの予選をあきらめて世代交代を推し進めたのではと揶揄される船出となった。

 試合が始まると序盤においては前回セルビア戦とは違い、いきなり落ち着きのなさが顕著に見えた。セルビア戦では共に実力は拮抗していると認める中で相手も様子見でジックリとした展開であったが、今回は若さのオーストリアのせいか活きのいいプレッシャーがルーマニアDFに襲い掛かる。その中でゴイアンとタマシュは自信なさげにバタバタとしながらのボール処理で不安が付きまとう。9分には簡単にエリア内まで入られたのをコントラが強烈なショルダーチャージでPKを取られそうになるが、逆にプレードルのシュミレーションで助かる。このプレイは見た目ではファウルでもないし、シュミレーションでもないスルーが相応のものと感じたが、この裁定に助かったとはいえ、審判のレベルにすら不安を覚えることに。

 16分を経過し、ルーマニア代表はポゼッションではかなりを占めたが、ラストパスが雑で前線には繋がらない。雑なのは特にDFラインが顕著でおぼつかないボール捌きを奪われると、ルドヴィッチの虚を突くミドルシュートはほんの少しだけオーバーして助かった。21分にはタマシュのビジョンのない前線への蹴り出しは大きく越えて、相手GKがエリアを越えて難なくクリアしたが、幸運にもミスキックになり、中盤に構えていたタナーセの元にスッポリと収まる。それを冷静にロビングで狙ったボールはGKグスプルニングをあざ笑うかのようにネットに静かに収まった。0-1。

 しかしゴールシーンのリプレイ中になんとオーストリアがゴールを決めてすかさず同点に。その詳細はリプレイでという集中力の抜けたあいかわらずのルーマニア代表に本当にがっかり。まだ0-0の方がマシだった。失点はリスタートから一気に前線にボールが送られるとラツとゴイアンが競り合いで交錯して、横にいたホッファーの元にボールが転がる。それを冷静に決めて瞬く間に同点。彼の代表11試合目にして初ゴールとなった。

 これでピツルカの尻に火がついた状況で当然ながらルーマニアは挽回にやっきになり、攻撃色を強めていく。34分にはニコリツァのCKは弾かれるが、左のタナーセに渡ると唯一と思われるような活きの良いプレーでチャンスメイク。そのプレーは全盛期のムトゥのように自身の持ったボールコントロールで将来性を感じさせるものに。その後もマリカの地を這うミドルなど攻勢を見せるが、すべては中盤からと苦し紛れにも見えるものであった。

 そうしていたずらに中盤でのポゼッションをキープしながら、たまにDFラインまでボールが下がるとあいかわらずぎこちないプレーで、ゴイアンとタマシュのセンターには失点の匂いを感じさせられずにはいられなかった。

 そして前半終了直前という最悪の時間帯に逆転を許すことになるのである。44分にGKのなんでもないロングボールに中盤で待っていたラドイが処理するものと思われたが、微妙な位置であったためかタマシュが後ろから出てきてルーマニア選手二人が交錯して1点目と同じくまたもや自滅。後ろに転々としたボールを奪取したホッファーがそのままドリブルでロボンツと1対1になり、簡単に低いシュートでこの日2点目。2失点を共にDFの交錯という自滅の形で、試合当初から不安されたことが実現してルーマニアにとっては予選全体の結果と照らし合わせて修正し難い現実のまま前半終了となった。

 ここまで8失点していた守備陣の問題はムトゥ頼みと揶揄される攻撃陣よりも明らかにルーマニアが抱える問題で、特にこの試合でも露呈してしまったタマシュのスランプ振りは顕著であり、試合に勝ちたいのであれば指揮官としてまずはタマシュを下げることが必須になった。そうなるとドレル・ストイカの投入と考えられるが、私としては安定を重視してラドイをDFに下げて、中盤を誰かに代える事がまずは必須だと。コドレアでもいいし、コチシュをセンターMFにしてニクをサイドに投入するとか、ニコリツァをサイドハーフにニクを左トップにとか、とにかくDFの危機的状況を打開する案はいくつもあった。しかし後半開始のアナウンスではドレル・ストイカの守備的MF投入でラドイを交代。確かにラドイは試合中に一度担架で運ばれる事態があり、それが理由としてもラドイをさげるならコドレア投入、タマシュに代えてストイカというのがベストだと素人ながら感じた。

 後半も攻勢はルーマニア。しかしただいたずらに時間を浪費するポゼッションなら意味はない。47分までに簡単なパスミスを4回。マリカがイライラから余計なイエローを提示される始末。この展開になったら毎回のごとく見られるコントラがやっきになって右サイドを強引に抜こうとして奪われるという、もはや全盛期のドリブルスキルとスピードを兼ね備えていない自身の現実を忘れたかの光景がまた見れた。

 迎えた62分にはFK、CK、シュート、ヘディング等のピンチのオンパレードで若手主体のオーストリアは決して効率的でないにもかかわらずアグレッシブに攻撃を組み立ててくる。そしてリードを許している状況で、しかも負けられない状況であり、まったく攻撃に光明が見えないにも交代枠を使わないピツルカ。もはやルーマニア代表の歴史を破壊してやってここまで自分を責めてきたメディアに一泡吹かせようとしか感じられない。

 ようやく67分にやはり適正ポジションでなかったブクルからニクラエがピッチに入るも、決定機は作れなかった。センターでのシュートチャンスはコチシュやニクラエがことごとくGKの正面へのシュートだったので、もう望みは薄れていった。しかし唯一の光りだったのはムトゥのポジションを担ったタナーセがスタメンから後半に入ってもその活力は衰えることなく、左サイドで相手DFをドリブルで何度も抜き去り、中央へチャンスをお膳立てし続けたことだろう。

 ようやく84分には、もうその真意は分からないし、知りたくもないが、ニクを途中交代でデビューさせる。ニクを戦力として見ていないからのここまでの起用無しだったにもかかわらずこの時間での起用。もし勝ちに行くのであれば後半からの出場で、ニコリツァを中盤ハーフにすればラドイの位置にコドレアまたはコチシュと安定では申し分なかったはず。ムトゥ、コステア(代表レベルではない)が離脱して、適正のニクをシカトしてブクルとニコリツァの起用。その後のマリウスの出場という立場から6番目のFWと、周囲の批難に抗って自らそのように設定したことへの矛盾しかない。

 こうしてルーマニア代表は負けるとは思っていなかった、勝たなくてはいけない試合を落とした。まだ予選半分しか消化していないにもかかわらず敗退が決定。92年ユーロ予選でのハジのPK失敗によるギリギリ敗退。2002年プレーオフでのすり抜けていった日本でのルーマニア。2度の誤審で首位が剥奪された2004年。スタメン全員が様々な理由により出場できなかったアルメニア戦での失意のドローで惜しくも届かず。これらすべてが可愛くみれるような今回の結果に屈辱すら感じない。現実として弱いチームなのだと。

 『それほど奇跡と言うほどでもない。まだ順位的に言えば下の部類だからね。しかし正直なところ、素晴らしい勝利だった。』−コンスタンティーニ監督

 『私はこの試合での敗北は予期していた。幼稚な状況でのゴールを奪えただけだ。とにかく私は辞任しない。それだけだ。』−ピツルカ監督

唯一の光。タナーセが10番に恥じない活躍

その他の結果
 フランス 1−0  リトアニア


現在のグループ7の戦績
TEAM 得失 勝点 昇降
セルビア 5 4 0 1 12:5 12
フランス 5 3 1 1 7:6 10
リトアニア 6 3 0 3 6:5 9
オーストリア 5 2 1 2 7:8 7
ルーマニア 5 1 1 3 6:10 4
フェロー諸島 4 0 1 3 1:5 1

 わざわざ請われて帰化申請したニクはドイツとの二重国籍であり、ドイツもいちおう視野に入れている選手なので、召集のみで出場してなければまだニク本人にとっては選択肢を残した重要な事態である。ただ例外として本人がその状況でも望んで時間稼ぎみたいなシチュエーションですらキャップを刻みたいのである可能性もあったと思う。しかしここまでのピツルカの人間性で見ると、メディアに抗いながらも、「どうだい起用しただろ。これであなたたちの望みは叶ったようだが、文句はあるのいかい?」とでも言いたげな態度は誰もが感じるところである。そしてこのような詮索を生んだのもこれまでの大人気ない、代表の監督としての資質を疑うような行動に固執してきたピツルカ自身の責任であり、自身が招いた種である。この人物に関してのもう呆れつくした感は誰もが感じるところであり、もう相手にしない方がいいだろう。あとは協会の決断のみを待つ段階である。

4月1日 ブカレスト

  ニク騒動に対するピツルカのコメント

 前回の失意の敗北後に起きた「ニクのスタンド送り」についての様々な騒動について、事実と違うということがピツルカとニクからコメントされました。

 当事者のニク自身は報道されたようなネガティブな意見はそもそも持っておらず、当初から監督の判断には従う意向だったようです。また今回の騒動で振り回されないよう御願いすると共に、勝手な捏造にははなはだ迷惑しているようです。

 またピツルカ監督もついに口を開き、騒動について皮肉を込めてコメントしています。

 『ニクの件はなぜこれほどまでに大きくなっているんだ?だったら次の1戦でとにかく起用さえすればあなたたち監督を喜ばせることができるのですね。またとにかくドイツ代表の権利を奪うためにそうしろと。そもそも帰化申請当初からずっとニクとは話をしている。それはセルビア戦の前も、そして試合後もだ。今回は急遽決まったナイーブな問題だし、我々はつねにお互いに理解しようと務めている。彼自身もとにかく試合に出たいというよりも、長年の夢であったルーマニアの代表として戦力として認められた事に誇りを感じている。全てを見極めて出場する選手を選ぶのは監督である私が最終的に決めること。そのための代表合同練習でもある。直前のコンディションやバランスなども考慮して決めるのだ。よく考えてくれ。例え帰化したと言えどももともとドイツサッカーの経験しかなく、ルーマニアサッカーについては未知数なのだ。見極める時間や十分な他の選手とのコンビネーションなくしてもただクラブでの評判だけで起用せよというのであれば、合同練習などいらず、前日合流でいいのではないか。彼への期待から熱くなる気持ちもわかるが冷静になって欲しい。』

 たしかに説得力のある部分も存在するのは確かです。しかしこの監督が言うとはその説得力もいっさい感じません。今までの様々な矛盾に満ちた行動、ひねくれた感性、規律と言う名をいいように解釈した独断、監督という立場を利用した専制。そして自身の独断が裏目に出て、都合の悪い時にはだんまり。説得力が後からついてきた時のみの正当性の主張。今回のこの発言も覚えていたほうが良いでしょう。かならず自身の発したこの言葉に矛盾した行動を取りますから。そしてキーワードはつねに「説明無し」ということ。

 見極める時間が欲しいなら、あれだけ起用しておいて、そしてさしたる活躍を見せられないコステアをいつまで使う気なのでしょうか。クラブで常時出場できていないからというもっともらしい理由で外したオガラルがオランダでスタメンとしてMVPの活躍を続けてた間、召集すらしなかった理不尽。もちろん理由無し。ドイツリーグはレベルが低いから召集に値しないと言って、当時リーグで飛ぶ鳥を落とす勢いだったセルジュ・ラドゥとヴラド・ムンテアヌのコンビを見極めようともせず、代表常連のマリカがドイツに移籍したときにはその低レベルリーグのマリカは起用。もちろん理由無し。ギオアネの件はもう語る必要もないでしょう。今はギオアネはキエフでスタメンではないので正当性を主張できます。後付で今は。ただ当時の絶対的活躍でしかも代表は守備的MFが薄いという、ここで使わないでいつ使うという時期にも勝手な自己判断。前回こそ好調だったが、サプナルを差し置いてコントラを使い続けること、ドリネル、F・ペトレへの固執。

 ともかく過去の問題から、「その時点で最良の選手を使う」という基本的観念は捨てています。今回はどうなんでしょうか?あとはメディア主導で進んだ世論には徹底抗戦で、「メディアに推されて決断した」と思われるのを極端に嫌います。今回帰化問題が熱を帯びていた時には同調しないと思っていましたが、意外にもあっさりと承諾。軟化してきたかと思っていた分、このような問題が起きて「やっぱりな」的な感想を私は抱いています。メディアに負けたというプライドより、代表が強くなるための取るべき策を第1に考える代表監督を強く望むのです。

 ピツルカの規律には前大会は助けられました。かつてのヨルダネスク政権時にはなかったもので、その当時もっとも代表に必要とされた部分でしたから。しかし彼の波はもう求められているものではありません。その周期は熟成という名のもとで、やや引っ張りすぎ感のある中で結果によって黙らせて来ました。しかし現在その唯一の武器である結果が最悪の状況であるのであれば、責任を取るべきところはどこなのかは誰にも明らかなのです。実際にプレーしているのは選手ですが、監督という立場は栄誉とともに負う部分があることを常に感じていないといけません。


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