|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
4月29日 ブカレスト ルーマニア代表新監督が決定 ![]() ラズヴァンは歴代の中でも2番目に若い40歳での就任となりましたが、1番の記録は1981年に就任したラズヴァンの父親であるミルチェア・ルチェスクであります。その後ミルチェアが当時の目標であった1984年の欧州選手権出場を果たしているのと同様に、ラズヴァンは3年後の2012年欧州選手権に目標を絞って動き出すことになります。 ラズヴァンは選手としては主にスポルツール・スツデンテスクとラピド・ブカレストのGKとしてプレーし、2003年にタイトルを経験。翌年にはブラショフでコーチキャリアを開始し、ラピドを率いた05/06シーズンのUEFAカップでは多くのドイツ勢を打ち破りベスト8にまで進出しています。2007年には2部のブラショフに復帰してすぐさま1部昇格へと導きました。現在は十分な戦力でもないにもかかわらずリーグ8位につけており、UEFAカップ枠を虎視眈々と狙っています。 また彼自身については24時間サッカーの事を考えていると揶揄されるほどの勤勉家で、オフシーズンでも各国ビッグクラブの名監督たちのもとにコーチング修行することを欠かさず、不十分な戦力でも戦える集団にできる柔軟さ、またクラブを変えても「彼のためなら」と多くの選手が慕ってくるその人格はまさに理想的と言われています。唯一と言われている経験値についても若いというだけで、UEFA等の試合は十分に経験しており、またクラブでの栄光ではルーマニア随一の父親の存在もプラス材料として扱われることでしょう。 今回の決定においては各選手やクラブ監督からの評価は口をそろえてポジティブなもので、多くはベストの人選だと讃えております。しかしポペスクの存在がちょっとひっかかるものでした。2択となった国民アンケートでは圧倒的に大差でハジに勝っていたものの、その擁護として発言していたポペスクの主張はあいかわらずハジのプレイヤーとしての絶対的な実績のみを強調するだけで、監督としての失態や精神的未熟さにはけっして触れないということ。義兄としてサポートしたい気持ちとハジを推すことで黄金時代の同期としてクローズアップされる過去の美化しか考えていないようにも見えてしまいます。ハジとペトレスクを推していたようですが、ペトレスクは資質としては申し分ないのでその主張は十分なものと受け取ることができますが、なにぶんハジへの評価の仕方がただその一派としての盲目さだけが強烈に残るためペトレスクについて熱弁をふるっても結局は黄金期のつながりという点でしか見えなくなってしまうのが残念でした。たとえば黄金期と現代のメンバーについての比較等であれば主張できる部分はあります。ただし今回は監督としての人選であるので、そこで選手時代の評価をそっくり持ってこられても困る。しょせん論点をすり替えているにすぎない。ましてや監督としては多くの失敗を残し、成功例が少ない人物を推すことがどれほど醜いことかそろそろ気づいてほしい。私としては黄金期の選手はみんな大好きな選手。ましてやハジやポペスクに関してはムトゥやキヴなど比べ物にならないほどの別格。変な方向に向かってしまわないで欲しい。 とにかくピツルカ以外だったら誰でもいいと思っていたので、理想的な人選には満足しています。ピツルカのように偏った思考さえなければ、適切な人材は召集されるだろうし、ある程度の戦術的なマイナス材料も選手だけでカバーできる範囲なので。まずはギオアネが使えるというのが大きいです。他の候補としてはトルジェ、ラザール、アレクサ、ブクルなんがが重宝されるでしょう。あとはコントラ、F・ペトレ、コステアの見切り、コチシュのサブ降格も英断されるべき。たとえ勝てなくてもあれほどまでに監督に責任が集中することはないかと。やるべきことをやって負けるならある程度は選手にも矛先がいくだろうし、ただ弱いのだと認識させられるだけかなと。ピツルカみたいに勝てる人材がそろっているのに召集しないとか、プライドのために他からのよりよい策を取らないとかはないでしょうから。 ・ |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
4月10日 ブカレスト 栄光への審判が開始 ![]() 現在のポールポジションはご存知ミルチェア・ルチェスク。かつて84年欧州選手権でルーマニア代表を率いたことや、後々のイタリア、トルコでのクラブレベルでの数々の栄光を掴んだ第一人者で、現在率いているウクライナのシャフタル・ドネツクでも毎年のごとくディナモ・キエフとリーグ優勝を争っています。 そして2番手にはミルチェアの息子である現ブラショフ監督のラズヴァン・ルチェスクが有力と言われている模様。無名の選手からラピドを率いてUEFAカップのベスト8にまで上り詰めた努力の青年監督で、その研究熱心さと風貌からルーマニアのモウリーニョと言われています。実際には代表監督を率いるまでの知名度といえばまだ早いと判断される部分もありますが、モチベーションを上げる統率力と選手から慕われる人格、そしてビッグクラブ経験はないもののその堅実さが評価されています。俗物に染まっていないという点で現在のルーマニア代表に最も必要な人物と言われています。 あとは様々な利権の絡みからハジを推すサンドゥ会長をはじめ、ペトレスク、アンドネ、ボローニ、オラロユ等の名が挙がっています。本当に真っ白な気持ちで客観的に挙げよというのであれば、ルチェスク親子が選ばれることが妥当なのは明らか。黒い世界に包まれたルーマニアサッカー界がいま試されようとしています。 ・ |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
4月9日 ブカレスト ピツルカ解任 ![]() ここまで今予選で出だしからつまずきの連続でしたが、ついにセルビアとオーストリアとの2連敗で2010年のワールドカップ本戦を逃すことが決定的となり、もはや避けられない事実となっていました。 本来ならば監督自身が辞任の決断をすべきものでしたが、知られているように頑固一徹。こんなことになるとは微塵にも思っていなかった協会も2008年の本戦後に将来の期待も含めて契約延長を結んでしまったため、今回の解任には60万ユーロがピツルカに支払われることになります。代表が壊れ続けることにもまったく気にせず、辞任することで失われる違約金はついに、解任というカードが出てくるまで粘ったピツルカの元に転がり込むことになったようです。良かったね。その金を持って遠くに行ってください。いちおう言っておきます。ありがとうございました、1年前のピツルカ殿へ。 ・ |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
4月1日 クラーゲンフルト 歴史的にも恥ずかしい監督の公式発言 ![]() 『まだ数字的にチャンスがあるかどうかは、いずれわかること。それが私の契約条項の全てだ。協会との契約を遵守することがメインで私にとっては個人的な目標はない。どんな状況でも辞任という決断はない。誰も私を辞任に追い込むことはできない。ここまで全てのメディアやサポーターは8年ぶりにこのルーマニア代表に大舞台を押し上げた代表監督に対してのリスペクトに欠けている。つねに公に発することはあら捜しして責めることばかりである。私こそがヴィクトル・ピツルカだ。それを決して忘れないことだ。私は4、5回ハイレベルの大会でプレーし、3回ルーマニアのチームを予選突破に導いた。このような仕打ちを受けることが信じられないし、それに値する人物ではない。ここまでのメディアの仕打ちやウソが選手たちに影響して、集中力の欠如に繋がったのは言うまでもない。これが選手たちが力を発揮できなかった理由である。』 いままで私自身も各国の代表やクラブで言い訳、責任転嫁など見てきましたが、ここまで自身の保身に徹した発言は聞いたことがありません。ましてやこの言い回しについては言葉もありません。いま思うことは規律と言う言葉で一度は立て直したものの、ここまでこの人物に率いられた代表というものを見ていたことが恥ずかしくすら思えてきます。自身の2008の栄光を語るも、2006と2010を逃した事実はまったくないのは、さすが今までと同じようにバツが悪い部分には触れないということです。この会見でチーム自身への厳しい状況から彼自身の根底部分の人格が露呈したことにより決定的となり、ありがたいことにもう代表を率いることは困難になりました。このままでは代表=忌まわしきものとして位置づけられるでしょう。 すでに本人もこの逆ギレ会見で解任すら望んでいるでしょう。ただプライドで辞任することができないだけです。もともと80年代の世界的ステアウアでプライドの高いエースとして君臨しながらも、初の得点王のチャンスの84/85、85/86シーズンにはスポルツール所属のゲオルゲ・ハジにギリギリの差で2連連続で得点王を奪取されれ、累積で決勝の舞台には立てなかったが、チャンピオンズカップを制した翌年には3位のハジを上回る得点を決めるも結局2位。シーズン後にはステアウアに加入してきたハジがスーパーカップで決勝点を決めたことでステアウアのヒーローを奪われる。翌年にはハジより9ゴール多く決めて念願の得点王に輝いたが、すでに司令塔としてゴールも25点を記録したハジがチームの核として君臨。翌年の88/89には得点数でもハジに劣った。そしてその後、自身はフランスの2部に渡りひっそりと引退する一方でハジはレアルやバルセロナを筆頭に栄華を味わい、代表でもレジェンドのハジに対してピツルカは13試合しか出場していない。もともと厳格であったピツルカのひねくれ具合はこのような経験でさらに悪化したと思われます。 また98年W杯後に監督に就任するも2000年欧州選手権予選で代表復帰したハジやポペスク、ペトレスクらと関係を悪化させ本戦前に去ったのも有名な話でありますが、協会のドン、ミルチェア・サンドゥとは仲が良いとされているため、欲深いサンドゥが自分を守るか、代表を守るかの決定にかかっています。もはや解任しかないのは誰もが知るところですが、代表全体の利益と自身の利益とが同じレベルの会長のため事態が深刻化しているのです。 ただ一つ、規律によってヨルダネスク政権のぬるま湯を改革してくれたのは感謝しています。そして2008年予選の戦いでは召集選手の是非は批難されるものでしたが、結果は立派なものでした。ただしもう変わるべき時が来ているのを感じてください。いいかげん。 ・ |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
4月1日 リオ・マイヨール![]()
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
4月1日 クラーゲンフルト![]()
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
4月1日 ブカレスト ニク騒動に対するピツルカのコメント ![]() 当事者のニク自身は報道されたようなネガティブな意見はそもそも持っておらず、当初から監督の判断には従う意向だったようです。また今回の騒動で振り回されないよう御願いすると共に、勝手な捏造にははなはだ迷惑しているようです。 またピツルカ監督もついに口を開き、騒動について皮肉を込めてコメントしています。 『ニクの件はなぜこれほどまでに大きくなっているんだ?だったら次の1戦でとにかく起用さえすればあなたたち監督を喜ばせることができるのですね。またとにかくドイツ代表の権利を奪うためにそうしろと。そもそも帰化申請当初からずっとニクとは話をしている。それはセルビア戦の前も、そして試合後もだ。今回は急遽決まったナイーブな問題だし、我々はつねにお互いに理解しようと務めている。彼自身もとにかく試合に出たいというよりも、長年の夢であったルーマニアの代表として戦力として認められた事に誇りを感じている。全てを見極めて出場する選手を選ぶのは監督である私が最終的に決めること。そのための代表合同練習でもある。直前のコンディションやバランスなども考慮して決めるのだ。よく考えてくれ。例え帰化したと言えどももともとドイツサッカーの経験しかなく、ルーマニアサッカーについては未知数なのだ。見極める時間や十分な他の選手とのコンビネーションなくしてもただクラブでの評判だけで起用せよというのであれば、合同練習などいらず、前日合流でいいのではないか。彼への期待から熱くなる気持ちもわかるが冷静になって欲しい。』 たしかに説得力のある部分も存在するのは確かです。しかしこの監督が言うとはその説得力もいっさい感じません。今までの様々な矛盾に満ちた行動、ひねくれた感性、規律と言う名をいいように解釈した独断、監督という立場を利用した専制。そして自身の独断が裏目に出て、都合の悪い時にはだんまり。説得力が後からついてきた時のみの正当性の主張。今回のこの発言も覚えていたほうが良いでしょう。かならず自身の発したこの言葉に矛盾した行動を取りますから。そしてキーワードはつねに「説明無し」ということ。 見極める時間が欲しいなら、あれだけ起用しておいて、そしてさしたる活躍を見せられないコステアをいつまで使う気なのでしょうか。クラブで常時出場できていないからというもっともらしい理由で外したオガラルがオランダでスタメンとしてMVPの活躍を続けてた間、召集すらしなかった理不尽。もちろん理由無し。ドイツリーグはレベルが低いから召集に値しないと言って、当時リーグで飛ぶ鳥を落とす勢いだったセルジュ・ラドゥとヴラド・ムンテアヌのコンビを見極めようともせず、代表常連のマリカがドイツに移籍したときにはその低レベルリーグのマリカは起用。もちろん理由無し。ギオアネの件はもう語る必要もないでしょう。今はギオアネはキエフでスタメンではないので正当性を主張できます。後付で今は。ただ当時の絶対的活躍でしかも代表は守備的MFが薄いという、ここで使わないでいつ使うという時期にも勝手な自己判断。前回こそ好調だったが、サプナルを差し置いてコントラを使い続けること、ドリネル、F・ペトレへの固執。 ともかく過去の問題から、「その時点で最良の選手を使う」という基本的観念は捨てています。今回はどうなんでしょうか?あとはメディア主導で進んだ世論には徹底抗戦で、「メディアに推されて決断した」と思われるのを極端に嫌います。今回帰化問題が熱を帯びていた時には同調しないと思っていましたが、意外にもあっさりと承諾。軟化してきたかと思っていた分、このような問題が起きて「やっぱりな」的な感想を私は抱いています。メディアに負けたというプライドより、代表が強くなるための取るべき策を第1に考える代表監督を強く望むのです。 ピツルカの規律には前大会は助けられました。かつてのヨルダネスク政権時にはなかったもので、その当時もっとも代表に必要とされた部分でしたから。しかし彼の波はもう求められているものではありません。その周期は熟成という名のもとで、やや引っ張りすぎ感のある中で結果によって黙らせて来ました。しかし現在その唯一の武器である結果が最悪の状況であるのであれば、責任を取るべきところはどこなのかは誰にも明らかなのです。実際にプレーしているのは選手ですが、監督という立場は栄誉とともに負う部分があることを常に感じていないといけません。 ・ |
バックナンバー | ||||||||||||
2009 | 1月 | 2月 | 3月 | / | / | / | / | / | / | / | / | / |
2008 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 |
2007 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 |
2006 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 |
2005 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 |
2004 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 |
2003 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 |
2002 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 |
2001 | / | / | / | / | / | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 |
戻る |