|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月25日 ビストリツァ 未完の天才、故郷に戻る かつてパナシナイコスやユトレヒトでプレーした元代表のルチアン・スンマルテアンは国内でデビューしてから海外に移るまで5シーズン所属していた古巣のグロリア・ビストリツァに入団が決定しました。シーズン終了までの半年間契約。『グロリアに帰ってこられて嬉しいよ。チームをできるだけ上位に行かせるために貢献したいね。とりあえずは日曜日のラピド戦に出ることかな。それは監督次第だからね。もし出れたらチームのために奮闘するよ。』 3月に29歳になるスンマルテアンは1998年から2003年までグロリアでプレーし、パナシナイコスに移籍。2年連続でチャンピオンズリーグでプレーする機会に恵まれましたが、主力としてではなく交代選手としての存在でした。それでも意地のゴールを決めて雄たけびを上げるシーンは印象深く残っています。リーグでもやはりケガの影響から出場機会は少なく、3シーズン目には完全に戦力外となり、1試合も出場しないままオランダのユトレヒトに放出されています。そこでもケガがちなのは変わらずでしたが、随所で見せるファンタスティックなプレーは天才としてファンや監督にも認知されていました。08/09シーズン開幕戦での負傷交代でついにクラブの我慢も尽きて解雇されていました。 ・ |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月25日 ロシア コブラである証明、イリエが現役復帰 ロシアリーグに所属するチェチェン共和国のテレク・グロズヌイは引退してからステアウアのマネージャーを務めていた元ルーマニア代表のアドリアン・イリエと契約を結びました。『私は引退後に幸せに過ごせる十分なお金もかせいだし、自身のキャリアは終わったと思っていた。多くのことをフットボールに捧げてきたし、逆に私にとってもそれが全てだった。今回のことはお金が全てではなく、ハイダー・アルハノフ会長の選手としての熱烈なオファー、そして私自身もピッチの匂いが懐かしくなったからです。けがのせいで1年間プレーをあきらめなければならなかったが、サッカー界で新たなキャリアをスタートさせたいと思っている。』−A・イリエ 『ヨーロッパの他のクラブからもオファーがあったようだが、テレクでの復帰を望んでくれた。彼が今回の決断を下したことをとても喜んでいる。彼はすでにベストコンディションを取り戻すために練習を重ねており、チームのために役に立ってくれると確信している。34歳という年齢は気にしていないし、彼のチームメイトだった元ヴァレンシアのアメデオ・カルボーニなんかは40歳まで続けたろう。』−H・アルハノフ会長 イリエはルーマニア代表として55試合13ゴールを記録して、98年のW杯、96年と2000年の欧州選手権に出場しているレジェンドとも言える存在で、最後のシーズンは04-05にスイスのFCチューリヒでプレーしています。このシーズンにはドイツW杯予選の大一番オランダ戦にも出場してそれが最後の代表となりました。チューリヒでの契約満了後に半年間フリーでクラブを探していましたが、長年の足首のケガによって2006年1月に引退。今回は辺境の国チェチェンということでクラブレベルでは心配はない復帰ですが、一応はロシアリーグ1部のクラブであり、ケガの回復度、3年というブランクでこれからが注目です。 ・ |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月20日 ブカレスト ピツルカがニクの代表入り構想を明かす ルーマニア代表監督のピツルカは現在ブンデスリーガの首位に立つヘルタ・ベルリン所属のマクシミリアン・ニクの将来の代表入りの可能性について協議し、ルーマニア国籍取得手続きが早急に解決されるよう望んでいることを公式に認めました。セリビアとオーストリアの2連戦にも間に合えば起用する方針です。『彼のドイツでの試合は常にチェックしている。どの試合においても決定的な仕事をしているし、彼の存在がチームを首位に押し上げている要因にもなっているだろう。彼とはすでに代表については話をしている。彼は両親がルーマニア人だが、現在ドイツ国籍ということで書類関係の提出が必須となってくる。しかしこれには問題も存在する。彼の両親はかつて持っていたルーマニア国籍を失っている点だ。この点については協会にも掛け合っている。彼が国籍を得たときはルーマニア代表でプレーすることになるだろう。私は引き続きスタッフをドイツに送って試合をチェックしていく。私自身も見に行くことになるだろう。』−ピツルカ監督 ニクはドイツ生まれでドイツ国籍ですが、両親はルーマニア人であります。いちおう戦後ルーマニア代表史上初の帰化選手という扱いにはなりますが、両親の失ったルーマニア国籍同様に復権というのが正しいように思えます。 ピツルカも即座の手続きを望んでおり、ニク本人も以前から明らかにしていたようにルーマニア代表入りを第1としています。今回は本来帰化申請には1年かかるところを協会のサポート、また以前両親が国籍を有していたということから特例扱いとされ驚くほど迅速に執り行われる模様。すでに書類関係はドイツからルーマニア領事館に移ったようです。 『私たちはルーマニアから書類を取り寄せる必要もあります。その後には2.3日で解決するとも思われます。すでに外交事務官とも話をしています。』 ニクの両親は1977年にブカレストを後にしています。それは当時のルーマニア情勢による政治的な理由からであり、父親の兄弟などがイタリアとドイツで結婚していたこともあって、正式な手続きを経由してルーマニアを去る決意をしていました。当時横行していた亡命ということではないようです。 ・ |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月15日 ブカレスト タマシュが飲酒により二軍に降格 トルコのアンタリヤで行われているディナモ・ブカレストのトレーニングキャンプ中に現役ルーマニア代表のガブリエル・タマシュがこともあろうに酒を飲んで暴れて、それが発覚して無期限のディナモU(2軍)行きが言い渡されたようです。ここまでの練習試合で連勝を続けてトレーニングキャンプでのチームの雰囲気はとても良い具合になっていましたが、ディナモの同僚達と飲みに行ったときに彼は酒をたらふく浴びて同僚達にケンカをふっかけてきたようです。特にニクレスクとニクラエに対しては粗悪なものだったらしく、この騒動は同僚やテクニカルスタッフが間に入って止める状況で朝まで続いたようです。 すでに翌朝には何事も無かったようにおとなしくしていたタマシュでしたが、すぐにクラブの首脳陣との会合が設けられて彼に対する決定は下されました。そのまますぐに1軍キャンプからは離脱し、2軍へと合流しています。明日には悲しいかな2軍のFCモスクワとの練習試合に参加するようです。 この件に関しては会長もレドニク監督の早急な決断を支持しており、ディナモのスタメン、そして代表メンバーのこの規律違反はしばらく反響を呼びそうです。 ・ |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月13日 ロシア ロポタンのロシア行きがようやく決定 ずっと交渉段階で引き延ばされていた代表MFアドリアン・ロポタンのディナモ・モスクワ入団が正式に決定したようです。ロポタンの移籍金は破格の300万ユーロとなり、2012年までの4年契約で落ち着きました。ロポタンはユース代表での活躍とディナモ・ブカレストのリーグ優勝の立役者として注目され、昨年の11月のグルジア戦にはA代表のユニフォームにも袖を通しています。 『この移籍で一歩成長した姿を見せられるでしょう。開幕にはスタメンとしてピッチに立てるよう努力していきます。』 ディナモ・モスクワは昨季3位に終わり、今季はリーグタイトルを貪欲に狙っていくことが目標になっています。それに7月からスタートする来季のチャンピオンズリーグ予備戦も同様にロポタンの入団がカギとなっていくでしょう。 ・ |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月13日 キプロス 地味なほうのストイカはキプロスへ ロシアリーグのトム・トムスクに所属していた元ルーマニア代表ポンピリウ・ストイカはキプロスのアルキ・ラルナカと1年半の契約にサインしたようです。すでに33歳になったストイカは順調に老後のためのゆるやかなレベルダウンを楽しむようで、チームには元ステアウアのダニエル・バランも所属していることから、さほど辛い出稼ぎにはならないとのこと。ストイカは2004年からFKモスクワに所属、地味ながらクラブの選択を誤らなかったことからスタメンとして十分な活躍を見せていました。昨季のトムスクへの半年レンタルでようやくモスクワとの5年契約を終えたところで、しばらくオファーがありませんでしたが、めでたく今季も現役でプレーできるクラブが見つかりました。 すでにデビュー戦に向けて準備を開始しているようで、ポジションは代表とクラブでお馴染みだった左サイドバックではなく、少し上がりめのサイドハーフになる模様。 ・ |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月13日 ブラショフ 安住の地となるか、ストイカがブラショフに入団 その能力を性格的に持て余し、早熟のハジ2世として知られている元代表のアリン・ストイカはラズヴァン・ルチェスク率いるFCブラショフへの入団が決まりました。ストイカは天才と称されて20代前半にアンデルレヒト、クラブ・ブルージュというベルギーの2強に属し、不動の司令塔としてリーグ優勝3度、チャンピオンズリーグにも4度出場していました。しかしすでに29歳になり、栄光の終焉を迎えた04-05シーズン以降はその傲慢な性格が災いして、クラブを転々とするキャリアを積んできました。先シーズンのムスクロンとの契約が終了してからは半年間フリーでもはや忘れていた人も多いでしょう。一方、ブラショフはラズヴァンの人格によりマルダラシャヌ、ブガ、コマン、カタリン・ムンテアヌといった元代表が集まった侮れないチームへと変貌しているので、この再生工場でストイカがどうなるかが最大の見物になる様子。 『ラズヴァンとの交渉でこのチームに加わることに決めました。大変魅力的な監督であることは評判どおりです。私はもう経験地豊富なベテランと言っていいでしょう。全力を尽くしてこのチームの目標であるUEFAカップ出場を果たして見せます。最近のルーマニアリーグは以前に比べて進化が著しいです。チャンピオンズリーグに2チームも送り込んでいることからも明らかです。代表復帰の足がかりにという発送はないです。ブラショフを強くするということだけを考えていきたいですね。』 ブラショフにとってはチームと司令塔と見込んでいたカタリン・ムンテアヌがシャフタル・ドネツクとの練習試合で重傷を負ってしまっただけに、ストイカにかかる期待は大きいものになるでしょう。 ・ |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
2月11日 ブカレスト 国際親善試合
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月10日 2大エースが離脱するテストマッチ 11日に行われるクロアチアとの親善試合前に2大柱のムトゥとキヴを失うことになったようです。クリスティアン・キヴは現在も太ももの故障で離脱中。しかし3日前のリーグ戦には後半から出場しています。アドリアン・ムトゥも3日前のラツィオ戦で筋肉を痛めたことで欠場が決定。主力2選手の離脱を受けて、ピツルカ監督は代表戦に出場経験のない2部リーグのスポルツール・スツデンテスクのFWダチアン・ヴァルガを追加招集しています。しかし2008年欧州選手権でメンバーに選ばれながら、その代表合宿中にトルコでバレーボールをプレーしている最中にひざを負傷したステアウア・ブカレスト所属のオヴィディウ・ペトレが復帰しています。またピツルカ監督はチームの粘り強さを試す絶好の機会であると、現状を前向きにとらえている様子。 『私たちは2008年を悪い状態で終えたが、2009年最初の試合に備える現在も状況は変わっていない。親善試合や公式戦に関係なく、このような事態が起こる可能性はある。私たちは常に対応しなければならない。過去はうまくやってきたが、将来も状況に順応して、問題を解決しなければならないだろう。』 ワールドカップ欧州予選では初戦でリトアニアに0-3でまさかの完敗を喫し、フェロー諸島戦でもふがいない内容でやっとの勝利。フランス戦では好調を一瞬みせましたが、結局2点差を追いつかれ、結果としてはなんとかギリギリ勝ち点4を獲得しているだけのルーマニア代表。怪我人以外にも解決しなければならない問題があることも事実だ。 ・ |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月4日 アゼルバイジャン アリウツァとネアガがアゼルバイジャンに出張 いまだにヴァスルイで司令塔として活躍し、代表の候補にも入っているマリアン・アリウツァはなにを思ったのかアゼルバイジャンという弱小リーグのネフトチ・バクーへの移籍に合意しました。また若がえりを図っているステアウア・ブカレストの中ですでにロートルとして使い勝手がなくなっていた元代表のアドリアン・ネアガも同様に移籍するそうです。これらのレベルでのこのアリウツァの移籍には衝撃が走っています。逆にもちろんのことネフトチの会長はたいそう喜んでいます。『いまだ現役代表と呼べる二人の入団で今季は決まったものでしょう。彼らは我々の攻撃における問題点を解決するに十分すぎる能力をもっています。』 二人とも1年契約プラス出来高ボーナス付きで、シーズン終了後の延長オプションありになるようです。サラリーはネアガが30万ユーロ、アリウツァは40万ユーロと言われています。 ・ |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
2月1日 ブカレスト 国際親善試合:クロアチア戦
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
2月1日 ブカレスト 国際親善試合:クロアチア戦
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| バックナンバー | ||||||||||||
| 2009 | 1月 | / | / | / | / | / | / | / | / | / | / | / |
| 2008 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 |
| 2007 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 |
| 2006 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 |
| 2005 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 |
| 2004 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 |
| 2003 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 |
| 2002 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 |
| 2001 | / | / | / | / | / | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 |
| 戻る |